Life is Beautiful

主に進化生物学の理論のブログです。不定期更新予定。

死とは

 僕が生物学者をぼんやりとでも目指すようになったきっかけは、はっきり覚えている。
 
 小さいころの僕の趣味は、昆虫採集だった。特に、直翅類(バッタの仲間)のキリギリスが好きだった。彼らの鳴き声は、今でも僕の心をくすぐり、魅了する。幸いなことに、祖父母の家は田んぼに囲まれており、生き物が豊富だった。僕は夏休みになると、毎日のように…いや、おそらく毎日、虫取りに興じた。いつの日か、虫を捕まえ、飼育し、スケッチし、昆虫図鑑で同定を行ない、新しい虫を図鑑で見ては「次はこれを採りに行こう」とほくそ笑んでいた。僕は小さな、ナチュラリストだった。

 飼育するということは、おそらく小さい頃に限って言えば、生き物を愛するが故の行為であるが、それはすなわち、死を伴う。飼育していた生き物の死を多く経験することが必ず伴う。僕の好きなバッタの類の多くは一年で命が尽きてしまうタイプだったので、僕は多くの死を見てきた。死んで空っぽになったキチン質のカタマリを手に取り、「これはいったいどういう状態なのか」と、曖昧な虚無感に駆られていたことはとてもよく覚えている。なんとなくその頃から、生き物が死ぬということについて、思いを巡らせていた。

 それから、少し暴走もした。

 たとえば、虫眼鏡を準備して、死んだ生き物を焼いたりした。火遊びである。生き物の羽の多くには「油」が塗られているので、羽は比較的よく燃える。歩いているアリを焼いたりもした。それよりはまだマシかも知れないが、こともあろうにオンブバッタなどの比較的捕まえやすい昆虫を、コガネグモなどの巣を貼るクモの類に与えたりしていた。これも広義の飼育だったのであろうが、その頃から、肉食の生物に大きく興味を持っていった。

 テレビではアフリカのサバンナで、チーターやライオンが狩りをする映像を見るのが好きだった。どきどきわくわくした。これはちょっとした狂気だったようにも今では思う。

 ところが、ショッキングな出来事に出くわした。

 キリギリスの仲間は一般に雑食性で、なんでもよく食べ、飼育がしやすく、鳴き声も可愛い。僕は捕まえてきては茄子やきゅうりなどの餌、あるいは捕まえてきたバッタやコオロギなどを餌として与え、飼育することを趣味にしていた。ある日、キリギリスに与える水を交換しているとき、家の中でキリギリスが一匹逃げ出した。動きはすばしっこく、捕まえられない。床におもむろに置かれていたダンボールの箱とタンスとのせまい隙間に逃げこもうとしたため、僕はその進路を塞ぐべく、ダンボールをタンスに押し付け、通せんぼしようとした。

 すると、キリギリスはちょうど僕の押したダンボールとタンスとの間にはさまれ、しばらく悶絶したのち、絶命した。僕は、その時、何が起きたのか分からなかった。僕は、庭にその死体を捨てた。なかったことになった。キリギリスは他にもまだ飼っていたし、一匹減っただけじゃないか。

 その夜のことは、今でもよく覚えている。

 父や母、祖父母が息を引き取る瞬間を何度も何度も、夢で見た。一人で泣いた。その夢は、それ以降何度も何度も僕を襲った。

 また、ある朝、目覚めた時のことが今でも忘れられない。特に何か際立った出来事があった朝でもないのだが、なんとなく印象に残った朝がある。中学生の頃くらいまで、「今の世界は全部夢で、目が覚めるとまたあの朝(その印象深い朝)に戻るんだ」という無根拠の確信があった。一度もそんなことはなかった。

 死について考える機会は多くなった。僕の中で、死ぬということは、「永遠の就寝」と思っている。何を当たり前な、と思われるかも知れないが、寝ているとき、僕らの時間は止まっている。永遠に、時を止めることになる。意識を失う。目を閉じて、時間を止める。意識を飛ばす。とても恐ろしいことだ。未知は、恐ろしいこと。

 生き物が死ぬというのは、どういうことなのだろう。どこから先が死なのだろう。逆に、どこからが生なのだろう。魂とは何だろう。

 それが僕を生物学に導いた、最も大きな原動力だ。


 今朝、愛犬が亡くなった。会えない距離にあって、弔えないのが、本当に申し訳ない。でも、僕は一生ウェンディを忘れることはないし、永遠に感謝し続ける。楽しい日々をありがとう。

 死とは何か、生とは何か。考えるのもいいけど、そこにある生を、大事にすることのほうが、もっと、人生を豊かにする行動だ。

 客観的結論はでなかったけど

 ウェンディ。ありがとうね。