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Life is Beautiful

主に進化生物学の理論のブログです。不定期更新予定。

大学の授業が理解できない?

 大学の授業は高校の授業と全く違う。そのギャップに戸惑う人も多いようです。個人的な雑感として,「どういう態度で臨むのが望ましいのか」を経験談で書きたいと思います。一応断っておくと,私は京都大学の理学部数学科出身で,どんな授業(物理,生物,地学…)の受講も許された(単位にはならない授業をとってもいい。何故なら,必修は語学だけだから)。そういう自由を手にしているという制約は伴うやも知れません。これを読んで,寝ぼけている諸君も,大学のセンセーや授業をうまく活用してください。

 まず,暴論ではあるが,経験談から言って,大学の多くの先生は,「理解してもらおう」と授業しているわけではない。いや,勿論,そういう先生もいますよ。だから「多くの」「経験談から」と言ったわけではありますが。
 学生としては「授業料払ってるねんからきちなわdヴぉさ;いcn(ry」といった寝ぼけた主張もあるでしょう。だが寝ぼけた主張には寝ぼけた反論をすると,「授業料」は「授業を受ける権利を獲得するためのお金」であって,それ以上を望むなら辞めてしまえ,"いい"大学さがせ。その程度の人材は掃いて捨てるほど大学にいます。そしてそもそも,大学というのは教育機関であると同時に,研究機関,さらには研究者の教育機関でもあるわけです。そんな環境に置かれて「授業あsどあcん;(ry」などとは,いささか片腹痛い。

 ま,これは寝ぼけた主張への寝ぼけた反論で,正論でもなんでもない。わずかばかりの誠意ある?回答をするなら,「大学の先生は,君たちに,授業というコミュニケーションの機会を提供し,学術界の門戸へのきっかけの手を差し伸べてくれているではないか!」というのが1つでしょう。高校のころを思い出してみよ。授業中にすべてを理解しましたか?自分で勉強して大学に入ったのでしょう?なぜそれを大学に入った途端にストップしてしまうのか?大学入学はゴールではなくスターティング・プロセスでしょ?月次に言えば。

 大学に入ると,「単位の集め方」が,高校のシステムよりも自由になります。それが一種の弊害なのかも知れんけど,それはどうでもいい。大学の授業はきっかけを与える場。ためにならない?当たり前。きっかけを活かすかどうかはあなた次第。大学側としては「このような貴重なきっかけを与えたのに君ときたら…」といったところでしょう。授業中に質問しないのはあなただ。授業後に質問しないのはあなただ。授業後に復習しないのはあなただ。そして当然,予習しないのもあなただ。とうぜん,この「否定表現」はすべて「肯定表現」に置き換えてもよい。

 GW明けてから本気だしてください。