Life is Beautiful

主に進化生物学の理論のブログです。不定期更新予定。

いじめについて

大津でいじめがありました。僕はこのことに関して何も社会的な提言などはできないのですが、考えたことをさらりと述べます。

まず、いじめという言葉に惑わされないでください。僕は、どんな人間関係もいじめに繋がりうると考えています。
文部科学省による定義はこちら:

【新定義】(平成18年度間の調査より)
本調査において、個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。
「いじめ」とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」とする。

この定義でまずいのは、「児童」という固定観念だと思います。この「児童生徒が」という主語によって、いじめられるのは恥ずかしいことであるという気持ちを助長してしまいます。それにより、子どもが親にいじめを相談するきっかけは失われますし、そもそも大学生や大人になってもいじめというのはあるもので、そういった立場にある人々や僕ら大人に「いじめられるのは子どもだからだ。よって恥ずかしいことだ」という固定観念を植えつけてしまうのは、本当におそろしいこと。


大人になってもいじめはあると言ったけど、その具体例は「いじり」だと思う。

テレビで芸人がいじられるのと、日常で個人がいじられるのとでは、意味が全くちがうことを知ってください。
芸人はプロフェッショナルであり、多かれ少なかれ「しごと」という信頼関係・契約関係の下でいじられることを許容します。
もちろん、行き過ぎたいじりは、非難の対象になります。

しかし、実際ぼくらの日常生活におけるいじりに、必ずしも信頼関係はあるでしょうか?いじられるのを是としていじられているのでしょうか?ありません。あるわけがありません。あるほうが異常です。

僕は高校生になったくらいから「ボケキャラ」、そして「イジラれキャラ」になったのですが、ほぼイジメに近い感覚を受けたのを憶えています。

「イジラれキャラは愛されキャラ」という恐ろしいスローガンも目にしますが、
日常的に人をいじっている方、それが容易にイジメに発展することを自覚してください。
「空気を読んで」人をいじったりしないでください。「人の気持ちを読んで」それを止めてください。

いじられている人は、あなたが思っている以上に苦痛を感じていることを知ってください。

友達を大事にしてください。