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主に進化生物学の理論のブログです。不定期更新予定。

Symmetry study deemed a fraud

Symmetry study deemed a fraud

Nature Newsの記事で、ちょっとした話題になっていました。

ことの始まりは、Triversが共同研究者と出版した、2005年の論文。
Brown, M. W., et al. (2005) Dance reveals symmetry especially in young men. Nature 438: 1148-1150.
これは同号の表紙を飾るほど話題を呼んだらしい。そしてその共著者の1人が、かの有名なトリヴァース(Robert Trivers;Rutgers Univ.)であった。その経緯をまずは見てみよう。1990年代初頭に、鳥や虫において体のパーツが対称的な個体のほうが異性に好まれやすいということが示され、体の対称性というのが性選択に晒されており、健康上の問題に関係する(つまり、対称性の高さは正直なシグナルである)ということへの関心が集まっていたようだ。

 そうして行動生態学者であるトリヴァースも、ジャマイカの子どもたちを実験材料として、非対称性研究のプロジェクトを1996年にスタートさせた。そして2004年、自然人類学者のクロンク(Lee Cronk)と共に、踊りとその対称性との関係を研究し始めた。なお、踊り行動というのは、1871年にダーウィンによって既に(今の言葉でいう)"Good Gene"を儀式的にディスプレイするための求愛行動なのだ、ということが予想されてはいたようだ。踊りの対称性を調べるために、トリヴァースたちは、モーションキャプチャーカメラと反射鏡とを用いて、ジャマイカの10代の子どもたちの動きをこまかく記録するということを行なった。その踊り手の(容姿ではなく)動きを再現アニメーションを作成し、他の10代の子どもたちにそれを観てもらい、「どの踊りが好きか」投票してもらうという、(字面を追う限りは)とてもシンプルなメソッドである。すると、踊りの対称性の高さが、踊り自体の良さ(投票結果)と相関しているという結果が得られたのであった。この論文は心理学や進化生態学における踊りの重要性を強く示唆する結果として脚光を浴びたようだ(筆頭著者は当時ポスドクだったブラウン氏;William Brown)。

 ところが、先述のようにトリヴァース自身はこのプロジェクトのリーダーで、実際に2005年の論文の共著者にも入っているのだが、彼の研究室の大学院生が同じような結果を再現できなかった2007年に、疑念を持ち始めたようだ。そして検討の結果、ブラウンの対称性の測定と、当時の彼のグループで行われた対称性の測定との間の齟齬を見出した。トリヴァース曰く、「単純に対称性のスコア値が異なる(変更されていた)だけでなく、そもそものデータとして異なっていた」ようだ。

 2008年、トリヴァースは論文の取り下げを行おうとするも、ネイチャーのエディターたちはそれを快くは思わなかったらしく、取り下げは行われないままであった(the case [was] under active considerationとの記述がある。取り下げを前向きに検討する、といった意味合いであろうか)。

 なお、トリヴァースはその捏造の詳細に関して、本を書いたようだ("The Anatomy of a Fraud"*1)。そして、同僚であるクロンクと激しい口論を交わしたことで、大学側から処分を課せられる。しかし本件の調査の結果、ラトガース大学側はトリヴァースの申し立てを認めたらしい。ブラウンは現在はUniv. of Bedfordshire(英国)の心理学者として研究を行なっているが、データねつ造の件を認めず、彼はラトガー大学の調査はデータの比較がフェアでない、と批判しているようだが、どうも水掛け論のようだ。

 その間、トリヴァースは大学側からのペナルティーを告発するに至る。それは先述の口論のことと思われるが、それは2012年の3月のこと、トリヴァースは(ブラウンを擁護したとのことで)クロンクに激しく詰め寄ったことで、大学の反暴力に関するポリシーのもと、5ヶ月の出入り禁止を食らったということのようだ。ハーヴァードのラングハム(Richard Wrangham)は、その熱さこそがトリヴァースの特徴であり、何かを知的に正当化する際には、情熱的で素直な姿勢をもつが、本件はその象徴的な出来事だ、と述べている。なお、クロンク側は、(トリヴァースやラトガースの委員会などの主張とは異なって)彼自身はブラウンを擁護したことなどない、と私信を持つにとどめたようだ。

 なお、2005年の論文の査読を務めたGangestad氏によると、彼は著者たちに、相関関係のテストを、より統計的にソリッドなやり方でやり直すように伝えたらしい。そしてその別のやり方でもロバストな結果が得られ、パブリッシュを薦めたようだ。対称性の研究の中でも、特に驚くほど強い効果が(本件の「対称性」には)観察されたという。「悲しいことにも、おそらく本当に、有意な効果があったんだよ」

 トリヴァースは現在、踊りのプロジェクトを進めるかどうかは未定と言う。しかしジャマイカ*2での対称性に関する研究は今後も続けられ、少なくとも10本の論文が出ている。彼はちょうど物理的な対称性と走行能力との関係("Groundbreaking")に関する論文を投稿したところのようだ。「この素晴らしいプロジェクトはまだ生きている。こんなことでは終わらせないよ」と述べている。

 
 私としては、最近ネイチャー誌が生物学の審査をより厳しくするというアナウンスは、この事件が大きなキッカケになったのではないかと踏んでいる。日本でも、捏造のニュースを目にする機会というのは非常に多い。このブラウンらの論文の捏造が真偽のいずれであるにせよ、自分が何かを知りたいことを明らかにするため、そしてそれがどういう意義を今後持ち続けるかを提示するために、「論文出版」というのは本来にして、手段でしかないはずだ。そこを目的にしてしまっているから、このような事件が起こるのであろう。詳しい個人的な事情はよく分からないが、トリヴァースの姿勢は科学的には正しかった(やり方をいくつか誤ったこともあろうが)と思うし、大学研究機関側のこういった審査環境も、今後は整備される必要が出てくるであろうと思う。

*1:どうも、open accessで読めるようだ:http://www.roberttrivers.com/Robert_Trivers/Books_files/Anatomy%20of%20Fraud%20PDF.pdf

*2:彼はジャマイカの女性と二度結婚しているようだ