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主に進化生物学の理論のブログです。不定期更新予定。

グループ淘汰と血縁淘汰の形式的な等価性?その3 : Frequency Dependence

ただいま、神戸に帰ってきております。実家のルーターが壊れていて、しばらくインターネットが出来ていませんでした。 さて、Traulsen (2010) Evolution. の続きです。頻度依存性。

2. Frequency Dependence.

一般の、協力vs裏切りのゲームにおける利得行列を

で定義します。*1すると、Cが\( x\)、Dが\( 1-x \)だけいる集団でのペイオフを計算すると、

\begin{align*} \pi_C=Rx+S(1-x), \end{align*} \begin{align*} \pi_D=Tx+P(1-x) \end{align*} となります。ただし\( \pi_C \)は協力行動によるペイオフ、\( \pi_D \)は裏切り行動による利得です。ともに\( x \)についてアフィン(線形+定数)なので、したがってペイオフの差\( \pi_C-\pi_D \)もアフィンです。ここで囚人のジレンマの場合は特に\( R=b−c,\ S=−c,\ T = b,\ P = 0 \)なのでこれを代入すると、 \begin{align*} \pi_C-\pi_D=-c. \end{align*} が得られます。つまり、集団での協力者の頻度\( x \)によらず\( \pi_C-\pi_D \)は定数になります。このような状況は、\( R-S=T-P \)である、つまり「自身(相手)が裏切りから協力にスイッチする」ことで得られる「自身の利得の増分」が相手の戦略の選択(C or D)によらないとき、常に実現されます。これはAdditiveゲームと呼ばれます。より一般に、ペイオフ行列は4次元でした*2が、この拘束条件によって次元が1落ちる*3ため、パラメータ\( (R,S,T,P) \)空間の中では3次元の空間のルベーグ測度*4は0です。確率論の言葉で言うと、計算機で4つパラメータをランダムに*5与えた時に、\( R-S=T-P \)が実現される確率は0でしょう。つまり、このような状況はgenericではありません。\( R-S\neq T-P\)のときにはゲームは非相加的であり、グループ淘汰論争では非常にクルーシャルな問題であるそうです。そして、こういった非相加的な状況では、包括適応度は誤った結論を導きかねない、ということが述べられています(van Veelen 2009*6)。非相加的なゲームは「シナジー効果がある」とも言われます。

Queller (1985)はシナジーがあると包括適応度理論は誤りだと結論づけ、Grafen (1985)は弱い淘汰の仮定があればそれは問題にならないことを証明。van Veelen (2009)は3者以上のゲーム*7では弱い淘汰を仮定しても包括適応度理論は誤りだと結論づけられました。また、「弱い淘汰」は「小さい突然変異」とは必ずしも等価ではないと述べられています*8。ということで、Nowak et al. (2004)にもとづいて、次節では弱い淘汰の条件について見ていくことになります。

なお、包括適応度理論は相加的なペイオフでないと機能しないというのは、大昔からある勘違いです。現代版の包括適応度理論では、そういった仮定はまったく必要ありません。

*1:\( \mathcal{C} \)はCooperator、\( \mathcal{D} \)はDefectorの頭文字。本文には書かれていませんが、RはReward(応報)、SはSucker(お人好し)、TはTemptation(誘惑)、Pはpunishment)、そしてPはPunishment(罰)の略です。Nowak & Sigmund (1989)

*2:パラメータ空間の形成する多様体が4次元であると考えましょう。

*3:これは多様体論の有名な定理によって、あるいは直接的に1パラメータを消去することによって、きっちり1だけ次元が落ちることが証明できます。拘束条件次第では次元が2落ちることもあります。

*4:明らかにこれらのパラメータはユークリッドにあるので、ルベーグ測度で測ってしまえばよいでしょう。

*5:ここでのランダムに、というのは、一様分布から独立に選ぶ操作を考えてください。

*6:未読ですが彼は熱烈なグループ淘汰論者ですのであまり読むモチベーションが上がりません…

*7:これは集団サイズに関する仮定ではありません。ゲームというのは一般に、一度に3人以上で行われますよね(たとえばじゃんけん)。いっぽう、剣道や柔道は2者ゲームです。

*8:ここではなぜかIn addition, weak selection is not necessarily the same as weak selection (Wild and Traulsen 2007)という記述がありますが、これはおそらく誤植でしょう;たぶんIn addition, weak selection is not necessarily the same as weak mutation (Wild and Traulsen 2007)だと解釈して、本エントリーを書いていますので注意してください。