Life is Beautiful

主に進化生物学の理論のブログです。不定期更新予定。

グループ淘汰と血縁淘汰の形式的な等価性?その7 : Marshall (2011)

Group selection and kin selection: formally equivalent approaches.

Marshall (2011) Trends in Ecology and Evolution.

Inclusive fitness theory, summarised in Hamilton’s rule, is a dominant explanation for the evolution of social behaviour. A parallel thread of evolutionary the- ory holds that selection between groups is also a candidate explanation for social evolution. The mathe- matical equivalence of these two approaches has long been known. Several recent papers, however, have objected that inclusive fitness theory is unable to deal with strong selection or with non-additive fitness effects, and concluded that the group selection framework is more general, or even that the two are not equivalent after all. Yet, these same problems have already been identified and resolved in the literature. Here, I survey these contemporary objections, and examine them in the light of current understanding of inclusive fitness theory.

アブストを読む限りは、Traulsen (2010)で対比的に取り扱われていた「進化ゲーム理論 vs 包括適応度理論」という構図とは違い、「強い淘汰」と「非相加性」に関する仮定、グループ淘汰理論のほうが一般的であるのか、そしてそれらは等価なのかどうか。このあたりを吟味することを目指しているようです。以下、IFT=包括適応度理論、GST=グループ淘汰理論。

社会進化を理解するためのアプローチ

社会進化とは、真社会性を含む、あらゆる種内の個体間相互作用の進化を指します。

  • IFTは社会進化を説明するうえで成功の歴史をもつ
  • しかしIFTは社会進化を理解するための唯一の理論ではない
  • グループ淘汰(GS)によっても社会進化は理解可能である
  • GSは「個体への利益」を無視して「グループへの利益」を論じ、社会進化を理解する枠組みである

GSというのは、グループの利益のみを考慮する枠組みであると述べられているのですが、たぶんGS論争で渦中になっているポイントというのは、「淘汰のレベル」と「進化の単位」とのズレだと思うのです。IFTでは、「(ある状況下・仮定下では)淘汰のレベルは集団で、進化の単位は個体である」と考えられていて、GSでは「淘汰のレベルも単位も集団である」と考えられているのだと思います。それを一言で「グループへの利益しか考えない」と表現しているのでしょう。

  • しかし近年、「IFTはGSTが被らないような制約を被る」という批判論文(Nowak et al. 2010ふくむ)が散見される
  • その著者たちは、GSTこそがIFTよりも優れた枠組みであると主張する

繰り返し主張しますが、便利なほうを使えばいいと思うのです僕は。

歴史的なルーツ

ここで著者は、時々刻々と変化するターミノロジーの整理をおこなっています。

グループ淘汰とはなんぞ?

Darwin自身も、Darwin (1871) The Descent of Man and Selection in Relation to Sex. の中で、グループレベルでの淘汰もありうるだろうと述べているようです。GSTの初期のモデル*1は、互いに隔離されたグループ間で、生存率や出生率に差が見られる場合でも、GSは起こらなさそうだ:それは、グループの利益を高めるような利他的な個体からなるグループは、利他的な行動をとらないチーターの侵入を許してしまうためです。また、Williamsは、個体淘汰の結果としてグループへの利益が生ずることは無くもないが、純粋にグループにしか還元されぬ利益が生ずるというのは考えにくいと述べています。そういった論理で、「GS*2は、なさそうだ」ということは、早い段階から認識されるに至っていたようです。 しかし新たに、George Priceによって考案されたPrice方程式によって、淘汰というのは、グループ内+グループ間という階層をもつことが示されました。つまり、グループ内にかかる利他的な行動への淘汰が、グループ間のそれよりも小さい場合、利他的な行動は(全体集団において)進化することがわかりました。実は現代のGSTでもこういった「階層間の相対的な利益の比較」をベースに敷いているので、IFTとの関連は自然なのでしょう。

包括適応度理論とはなんぞ?
  • IFTというのは、Darwinの理論の一般化である
  • Darwin適応度にプラスして、個体間相互作用によって生ずる適応度に関するコスト・ベネフィットを取り込んだ適応度を考慮。それによる進化を論ずる枠組みである
  • 包括適応度では、間接的な適応度が、血縁度の重みにしたがって足される
  • その血縁度を定義するというのは非自明な問題であるが、Hamilton (1964a) によるとーーー

Inclusive fitness may be imagined as the personal fitness which an individual actually expresses in its production of adult offspring as it becomes after it has been first stripped and then augmented in a certain way. It is stripped of all components which can be considered as due to the individual’s social environment, leaving the fitness which he would express if not exposed to any of the harms or benefits of that environment. This quantity is then augmented by certain fractions of the quantities of harm and benefit which the individual himself causes to the fitnesses of his neighbours. The fractions in question are simply the coefficients of relationship appropriate to the neighbours whom he affects.

  • Hamiltonはその当初、家系図から血縁度を定義した
  • 家系図から遺伝子の伝播を考えるためには、弱い淘汰という仮定が必要になった
  • しかしHamilton自身はすでに、ただのkinship(家族関係)ではなくgenetic association(遺伝的な似通り度合い)に基づいて血縁度を定義したいという思いはあった
  • それは緑髭効果による利他行動の進化を考える場合においてである
  • しかしMaynard SmithによってKin selectionなどと名付けられてしまったせいで、多くの誤解を生むことになってしまった

僕もここの記述には大いに同意します。Maynard SmithにしろNowakにしろ、キャッチーな言葉遣いを導入し過ぎなのです*3。それが誤解を生むのだとしたら、何のためのターミノロジーの導入なのか…。これはMaynard Smithの非常に嘆かわしい功罪でしょう。

で、IFTの中心的役割を担うのは当然にして包括適応度なわけですが、そこで現れるHamilton Ruleというのは、社会行動*4の進化方向を予測するうえで非常に活躍するわけですね。

Hamilton Ruleにはいろんなバージョンがあるようですが、ベイシックな形としては\( rB-C>0 \)で記述されます。しかし、IFT=Hamilton Ruleというのは誤解であることが次のサブセクションで説明されることになるようです。

なお、Box1.には、Dawkinsの「血縁淘汰の20の誤解」の現代版として、「IFTの11の誤解」と「その実際」とが紹介されています。

  1. IFTはHamilton Ruleである
  2. IFTはPrice方程式である
  3. IFTには弱い淘汰と突然変異の稀さという仮定が必要である
  4. IFTには適応度の相加性が必要である
  5. IFTにはペア同士でのみの相互作用が仮定される必要が有る
  6. IFTはDynamical Sufficiencyを欠く
  7. 包括適応度は個体適応度ではない
  8. IFTでは形質の適応度への効果を空間構造から切り離す必要が有るため、社会相互作用が非相加的でない場合には機能しない
  9. 血縁度は家系図からのみ計算されるものである
  10. 産仔数が適応度として計算される
  11. GSTとIFTとは、方法論として異なるものである

ということで次回は、次のサブセクションと、Box1.であげられた誤解への返答を詳解しようと思います。

*1:Maynard Smithがkin selection、という残念なネーミングを行ない、Hamiltonとの確執を直接的に生み出したNature論文がここで引用されています。

*2:繰り返しますが、「グループの利益だけを考える」というスタンスがGSTです。ただしこれは、ひじょうに古典的で狭義的であることが強く意識された論調だと思います。

*3:Dawkinsの場合は、ネーミングのモデルとなる具体例があまりにも卑近でないため、誤解を生み出さないのではないかと思います。緑髭、なんて、、、なぜ利他行動のモデルとして引き合いに出されたのか、僕には謎です。。しかしだからこそ、誤解を生まないのでしょう。

*4:種内の局所的な相互作用のことをさすと思ってください。