Life is Beautiful

主に進化生物学の理論のブログです。不定期更新予定。

Viscousな島モデルではhelpingは進化しない

集団がviscous「粘着的?」であるとは、生まれたパッチからの移住が100%ではない(必ずしも全員は出て行かない)ことによって、選択の対象たる相互作用が局所的(=血縁者間で)起こるプロセスを、いいます。viscousな集団においては、helping(コストを払って、他個体を助ける行動)が有利であるような気がします。

しかしこれは実は一般にはYESとは言えないことが、島モデル上で簡単に示すことができます。(Taylor 1992, Ecol. Evol.)

まず簡単のため、無性生殖するハプロイドのオトナをN個体だけきっちり収容できるパッチが無限個ならんだ集団を考えます*1。その中で、移住前に相互作用が起こります。それによって産仔数が変化します。つまり選択はカタい(Hard Selection)とします。

具体的な相互作用による産仔数への寄与は、
(基本的な産仔数1:相互作用に関係ない産仔数)

(他個体からの寄与)×(その効率 B

(自分の協力度合)×(そのコスト C
とします(以下参照;ただしB > Cとする)。ここで、 B Cの定義をちゃんとしておきましょう。

 i番目のパッチにおける、注目個体 xの、基本的な産仔数 f_{i}を、次のように定義しましょう:
\begin{align}
f_ {i} = 1+Bz_{i} -C x.
\end{align}

ただし、 z_{i}は、第i 番目のパッチにおいて、注目個体をのぞく他個体( N-1個体)の平均的な、協力度合です。つまり、 Bは、周囲の個体から助けられることによる産仔数の向上、 Cは協力行動の結果の自身へのリターンです。実質、たとえば Cは自身の貢献( β \times 1/N)と、投資そのものにかかるコスト( γ)の引き算という解釈もできます。 Nで割られているのは、皆に均等に自分の投資が配分されるからです。つまり、自分で投資することで β/Nだけベネフィットがあるが、結局はそれより大きいコスト γが返ってくる:
\begin{align}
C = -\frac{\beta}{N} + \gamma
\end{align}

と解釈します。この解釈は非常に重要です。 - Cはあくまでも、自分が行動をおこすことによる自分へのリターン総額です。そして、 Bは、あくまで他個体からのリターンです。1個体につき β/Nだけ自分にゲインがあり、他個体は N-1いるので、結局 β γとは、実は次の表式

\begin{align}
B = \frac{N-1}{N}\beta \\
C = -\frac{\beta}{N} + \gamma
\end{align}



により結びついています。*2

その後、親はいつのまにやら死に、子供たちの移住が起こります。移住は別のパッチへのものとし、移住率自体は進化しないとします。移住率を mとすると、 (1-m)は元のパッチにとどまり、 mは別のパッチへ移住します。*3

最後に、子どもたちは資源を巡って競争をし、 N個体だけがまたオトナになれます。

こういったシンプルな生活史のもと、協力行動は進化するでしょうか?ここでは、協力行動をとらない集団 z=0において、少しだけ協力するような個体 x>0が進化できるか、解析してみましょう。

適応度 Wは次のようになります:

ここで、 z_0は、生まれたパッチにおいて注目個体自身を除く N-1個体の協力度合の平均値で、 z_0^\mathrm{R}は生まれたパッチにおいて注目個体自身を含む N個体の協力度合の平均値、そして zは集団全体での平均値です。 z=0という、誰も協力行動をとっていない集団に、 x>0は侵入できるのでしょうか?それを調べるためには、 z_0 z_0^\mathrm{R}がどういった値なのかを知る必要があります。

集団は細分化されていて、繁殖は局所的かつ、移住は割合 mとして制限されているので、相互作用は血縁者間で起こる可能性があります。つまり、注目個体以外の N-1個体の中に、きょうだいが混じっている可能性があるのです。そこで、次のようなサンプリングプロセスを考えましょう。

注目個体(突然変異個体)を固定し、残りの N-1個体から1個体サンプリングし、注目個体ときょうだいかどうかを調べたところ、割合 Fはきょうだい xだったとします。残りの割合 (1-F)は、在来型 z=0であったということになります。ここでは特に、きょうだい=同祖的IBD(Identity-By-Descent)です。すると、

\begin{align}
z_0 = (1-F) z + F x
\end{align}



です。よって、自身を含む平均値 z_0^\mathrm{R}は、

\begin{align}
z_0^\mathrm{R} = \frac{1}{N} x + \frac{N-1}{N}z_0 = z + \left( \frac{1}{N} +\frac{N-1}{N} F \right)(x-z)
\end{align}


とわかります。特に z=0でしたので、結局


\begin{align}
z_0^\mathrm{R} &= Rx, \\
z_0 &= Fx ,\\
R &= \frac{1}{N} + \frac{N-1}{N} F
\end{align}



が得られます。これはつまり、注目個体と他個体との形質上の相関が F、注目個体を含む N個体の間の相関が Rであるということです。特に Rは、2回のサンプリングプロセスにおいて、1回めに N個体のなかからサンプリングされた個体を一旦戻して、改めて N個体の中からサンプリングしなおした時の、IBDの確率です*4。2回めのサンプリングにおいて、確率 1/Nで注目個体がもう一度選ばれ、その時は確率1でIBDです。一方、残りの (N-1)/Nの確率で、注目個体以外が選ばれ、その場合にはIBDの確率は Fです。ということで Rの表式が得られます。なおこの Fは、Wrightの F_\mathrm{ST}です。

さて、適応度が突然変異型と在来型との関数で書けたので、侵入適応度を計算しましょう。 z=0は端点ですから、 zよりも少しだけ大きい x>0が進化できる条件は、適応度勾配が正であること*5、すなわち

\begin{align}
\left(
\frac{\partial W (x,0)}{\partial x} \right)_{x=z=0} >0
\end{align}

です。これを計算すると、

\begin{align}
FB- C -R(1-m)^2 (B-C)>0
\end{align}


となります。 FRが邪魔です。ここで更に計算を進めてみましょう。世代をまたぐと Fは次のような漸化式に従います:

\begin{align}
F_\text{next} =
\left(
\frac{1}{N} + \frac{N-1}{N} F
\right)(1-m)^2
\end{align}

右辺の大きなカッコでくくられたところ 1/N+(N-1)F/N Rの定義そのものであり、現在の N個体におけるIBDの確率でした。つまり、それぞれの産仔数が等しいなら(定常状態ならそれは正しい)、それは分散前の子どもたちの間でのIBDの確率に等価です。ところが移住があるがために、移住・競争の後、改めて1個体サンプルして別の N-1個体のうちからもう1個体サンプルすると、IBDの確率は下がります。まず、IBDが起こるためには、両方の個体が、そのパッチで生まれた個体である必要があります。その確率が (1-m) \times(1-m)です。そのとき、もう1個体サンプルするとき、そのもう1個体と最初の1個体目とがIBDである確率は、(前の世代での分散前の子どもたちのIBDの確率がRでしたから、) Rです(下図)。



*6

したがって、突然変異のない定常状態では、 F=R(1-m)^2ということになります。これを代入すると、なんと進化条件(選択勾配が正)、



となり、進化条件はこれが正でしたから

\begin{align}
\left(
\frac{\partial W (x,0)}{\partial x} \right)_{x=z=0} = -C(1-F) >0
\end{align}


となるのです。 F<1ですから、コストが負である、すなわち自分を利する行動でないと、有利にはならないのです。そしてこれは$B$の符号によらぬ議論ですので、相手を傷つける行動も進化しない…。

これがキャンセリングの重要な帰結です。*7その理由は、「移動分散が抑制されていることによる、局所的な、血縁者間の資源競争の効果」と、「移動分散が抑制されていることによる、血縁者間の協力行動の結果としての産仔数の向上の効果」とが、キャンセルされてしまうからです。つまり移住が制限されていることによるviscosityのメリットはないということになります。

ということで、移住が制約されているにも拘わらず、そして Bがどれだけ正に大きくとも負であっても、viscosityだけでは、自分にコストがかかる行動が進化しないということがわかってしまいました。


なお、本内容は、
Lehmann & Rousset (2010)
http://rstb.royalsocietypublishing.org/content/365/1553/2599.abstract
および
Taylor (1992)
http://link.springer.com/article/10.1007/BF02270971
で勉強しました。


ちなみに。

ややマニアックな内容ですが、当然ながら個体数は1, 2, 3, ... という離散的な量しかとりませんから、 NR個体がきょうだいである、というような言及な、筋が通らないことがわかります。が、平均的には -- 具体的には、突然変異個体の個体数を、長い世代にわたって注目パッチでカウントしたときの平均値上は -- そうした算出は可能です。つまり確率過程に基づく算出が必須です。ここではそれはおいておきますが、野心的な方はこの論文をどうぞ。

*1:この無限個という仮定はそこまで非現実的でもありません。数学的には、「外のパッチに行くと血縁者には出会わない」という仮定を正当化するだけです

*2: B Cを消去し、 β γの言葉で下の適応度Wを書きなおしてみると、実は非常にすっきりする

*3: mは、「ランダムにオトナからサンプルしたとき、その個体が前の世代では別のパッチにいた確率」と定義されます(backward migration rate)

*4:ゆえに、 N=1の時には Fは定義されません

*5:ここは実はきちんと、 Wが1より大きいかどうかを調べる必要がある。しかし、平均値の定理微分の定義を用いることにより、ここではこれで近似上は十分であることがすぐに示される

*6:訂正:血縁= R となっているところは、 Rではなく Fです。

*7:しかし、この結果を見ると、 B Cの解釈がいかに重要か、痛感させられるというものです。