Life is Beautiful

主に進化生物学の理論のブログです。不定期更新予定。

格差の助長原理:正のフィードバック構造

※本記事は、FBでの投稿をうけて、すこし違う形で文字起こしを行なったものです。コメントをくださった方々から少なからぬ影響を受けてはいますが、文責はすべて私の負うところにあります。

Naomi Pierce博士が国際生物学賞受賞!

第35回国際生物学賞記念シンポジウム「昆虫の社会性と共生をめぐる生物科学」Commemorative Symposium for the 35th International Prize for Biology「Biological sciences related to insect sociality and symbiosis」 -国立科学博物館

月末は、これに参加します。Naomi Pierce博士は、長いキャリアを通じて進化生態学において顕著な業績を残した研究者です。心の底からお祝い申し上げます。

このシンポジウムは二日間の構成です。テーマは、昆虫・共生生物学。一日目は「研究者向け」、二日目は「一般向け」ということで、日本中から老若男女が発表を聞きに集うことが予想されます。

僕自身、聴講をとっても楽しみにしています。

老若男女

今回ハイライトしたいのは、その二日目のシンポジウム。豪華たる面々の招待講演者たち。全員、男性。

仮に、日本の昆虫・共生の研究者の男女比が9:1かつ無限集団であるとすると、ランダムに招待された講演者たちが全員男になる確率は、  \left( \dfrac{9}{10} \right) ^{10} \approx 34.87 \%です。これだけ見ると、ランダムから期待される数値的には、たまたま起こったとも考えられます。

そう、ほんのたまたま。確率30パーですから。ほなしゃーない。…のか?

たまたま?

ではもうすこし考えてみましょう。例えば、その「たまたま」を引き起こす要素は何でしょうか。

上の推論では男女比が9:1という仮定から出発しているのですが、よくよく考えてみると、そもそも現時点で9:1に偏っている事自体が問題でしょう。もちろん、問題にしたいのは、9:1という仮定ではないのです。そもそも現実として、5:5からは大きく外れていることです。

ちなみに、9:1から8:2、7:3、と、5:5に近づけるにつれて、上の%数値(確率)は小さくなります(下図)。ランダムサンプルされた10人の講演者たちが全員男性である確率は、5:5の場合には、1/1024、すなわち0.1%まで低下します。

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図1: 横軸「男女比(男が占める割合)」に対し、縦軸に「ランダムにサンプルされた10人が全員男である確率」をプロットしたもの。オレンジ線:34.87%線。男の占める割合が低くなるにつれ、急激に確率値は小さくなる。男女比0.7以下だと、「ほとんど有り得ない」確率でしか起こらないことがわかる。

ここまで来れば、ああそうか、9:1というのは、「たまたまだ」という結論を引き出す上での甘めの評価だったのだなと気づきます。

「せやかて工藤、おらん人は呼べへんやろ?」

でも実際問題として、「特定の分野Xの女性研究者」が存在しない場合もあります。

その場合は男性しか呼べない。そりゃそうです。

でもこの問題は、次のように仮想的な状況を考えるだけで、簡単に「おかしい」と気づくことができます。

太郎君は、ある学会で、シンポジウムを企画することにしました。テーマは『開花植物における、種子散布と花粉散布が、空間構造に与える影響を理解するための数理モデル』!いいですね。最近それに関する論文を出したばかりだし、意気込んでいます。 しかし、いざ講演者を探すとなると、…あれ、女性研究者がいない?じゃあ、呼べないな。仕方ない、男性陣で固めよう。

ちなみに『開花植物における、種子散布と花粉散布が、空間構造に与える影響を理解するための数理モデル』の研究をしているのは、きっと太郎君だけですから、女性演者を呼ぶことは当然、できません。

この問題から示唆されるのは、太郎君のスコープの狭さ。企画したはいいが、あれ、、、女性研究者が見つからないな?それはきっと、多様性を持ち込めるだけの何かが足りないということかも。

深刻なまでの正のフィードバック

9:1は仮想的で極端な値ですが、将来はそうなってもおかしくない。それだけの理由があります。アカデミアの競争的構造による、正のフィードバックです。

国際生物学賞のシンポジウムに招待されるというのは、彼らの活躍から考えたら、妥当なことですし、素晴らしい栄誉だと思います。これが、将来のさらなる活躍に繋がるはずです。

つまり、アカデミアは、活躍すればするほど、活躍しやすくなるシステムになっている。

しかし逆に言えば、活躍の機会を与えられなかった場合は、将来の活躍の機会が損なわれる可能性があるということです。資本主義ですから、常に相対的な意味です。そう。損なわれるのです。

女性の機会が損なわれることは、将来的に、さらに女性の機会の損失につながる。これが続くとどうなるでしょう?

一旦、女性の活躍が難しい社会が確立して安定化してしまうと、男女が公正に機会を与えられる社会へとシフトすることは、とても難しくなる

現在は7:3だとしましょう。ランダムサンプルで男性バイアスに機会を提供することは、将来の8:2、9:1を本当に招いてしまうかもしれない。最悪のシナリオでは、女性ゼロ。

これこそが正のフィードバック構造の本質で、2つの安定な状態のうち、片方の(社会的に望ましくない)安定な状態が実現し、存続してしまう(双安定という)のです。

このような双安定性を崩すためにはズバリ、大きな力を加えるしか無い。そのために、「ランダムにサンプル」するのではなく、男女に「平等」に「是正」した機会を提供すること。それは僕たちの役割です。

社会マイノリティへの機会の提供は、常に頭に置かないといけない。

シンポジウム企画:演者探しにエフォートを惜しまない

学会でシンポジウムを企画するのは素晴らしいことです。初対面の研究者たちと交流し意見を公開する場を提供する。科学への重大な貢献です。僕もそういう場を持ってきました。

たとえば僕は2016年以降*1、4度(数理生物学会JSMB2016・ヨーロッパ進化学会ESEB2018・日本進化学会SESJ2019・個体群生態学会POP2019)のシンポジウムを企画しました。

その際の男女比は下記の通りです。

  • 2016, JSMB:2:2
  • 2018, ESEB:4:4
  • 2019, SESJ:3:2
  • 2019, POP:2:2

バランス良いですね(自画自賛)。ちなみにESEBでは、学生・ポスドク・ファカルティ等のバランスも考慮しましたよ!!!…というのも、2018ESEBは、査読形式(投稿されてきたアブストラクトを審査し、企画者が演者を選定する)だったからですが。

で、僕が演者を探すためにどうするか?

ひたすら、関連の女性研究者にメールを送った。そのために、web上を這いずり回る

そう、必死こいて探すのです。見つけるためには、探さなきゃだめです。企画者には、その責任があります。

多様性

「多様性重視」。社会は少しずつ、そうした意識を持ち始めています(僕自身もです)。マイノリティの機会損失は、正のフィードバックによって、簡単に最大限格差を導きかねません。これは、社会にとっても大きな損失だし、社会で生きる人たちには、それと向き合う責任があります。

日本に生きる僕たちにとって、まだまだ意識しにくいことかもしれません。しかし、地球や社会に大きな変動が起こり、人々の価値観がガラッと変わることは、有り得ます。そのようなときにも、十分な多様性を確保しておくことで、科学は変動についていける。対応していける。社会での価値を持つことができる。

多様性を確保することは、持続的なシステムのための、目的かつ手段です。ただの、綺麗事の大義名分ではないのです。

研究者の方々へ…

研究者の皆様は、電子メールアドレスをweb上に載せておきましょう。じゃないと、招待メールすら送ることができません!

*1:2015年以前は、いまほどの意識はなかった