Life is Beautiful

主に進化生物学の理論のブログです。不定期更新予定。

数理生物学の本を紹介

Twitterで、「数理生物学のオススメの本を」というお尋ねを頂いたので、この際、自分が(少しでも)読んで、勉強になった本を紹介します。

数理生物学、もっと広く理論生物学において、自分で計算を行わないと、理解したことには「つながりにくい」というのが個人的な感想です。どのようなスタイルで「読む」のかは、個人の裁量に委ねられることなのでしょう。僕の場合は、式変形や微分操作などは問題なく行えるはずですので、「ザッと読む」ことにしています(そのぶん、様々なインプリケーションが捨象されている可能性は十二分にあると思っていますが)。
しかし、理論をしっかりと学びたいなら、きちんと計算をしましょう。世界を数式に翻訳しましょう。
最終的な結果こそ導けなくとも、どういうロジックでストーリーが進んでいるのかを理解するととてもよい勉強になります。

あるいは、本文の精読に精魂を賭けるという読み方でもよいと思います。その場合は、(論理的かつ)理論的な考え方が身につくと思います。

まあとにかく、僕の素直な感想を綴ろうと思います。
難易度や推奨度も書いておきますが、これら評価は必ずしも独立ではありません。つまり、相関性のあるスコアである可能性があります。
また、[推奨度0⇒紹介しない]という理念も通しました。しかし、逆は必ずしも成り立たないことにも注意して下さい。
ではではまず初めに。


数理生物学入門―生物社会のダイナミックスを探る

数理生物学入門―生物社会のダイナミックスを探る

難易度:★☆☆☆
可読性:★★★★
推奨度:★★★☆

言わずと知れた「数理生物学入門」です。僕の指導教員の著書であると同時に、僕が数理生物学を志すキッカケとなった名著です。
この本は、全てのトピックが、著者自身のオリジナルな仕事に関するものです。20以上のチャプターから構成されています。
「読む順番」はの自由度が高く、どれもパラレルに読み進めることができると思います。それぞれの図や数式の説明も非常に丁寧で、行間を埋める必要はほとんどなく読むことができます。なお、タイトルに「数理生物学」とありますが、実際は「数理生態学」と言ってもよいでしょう。生態学以外のトピックは、"続刊":

生命の数理

生命の数理

難易度:★★☆☆
可読性:★★★★
推奨度:★★★☆

「生命の数理」に充てられています。これらは、彼自身のオリジナルな仕事であると同時に、彼の弟子たちとの仕事、すなわち共同研究の結果が(これまた)パラレルに描写されています。ゲノムインプリンティングに関するPrice方程式や、基礎的な進化ゲーム理論なども言及されています。

いずれの2書も、「進化遺伝学的」なアプローチではなく、非常にいい意味で、複雑な遺伝メカニズムを無視した、やや形式的な数理展開が行われています。
つまり、生物学を学んだことのない人たちも、高校生の数学で取り組むことができます。そして、日本語がとっっても読みやすいです。しかし、「生物学として」学びたいという方にはこういった形式は複雑に見えてしまうかも知れません。

遺伝学的なアプローチがしっかりまとまった書籍はこちら:


行動生態学入門

行動生態学入門

難易度:★★☆☆
可読性:★☆☆☆
推奨度:★★★★

僕のバイブルです。行動生態学の、1990年までの理論はだいたい収まっています。
この本によって、行動生態学の戦略モデルの原理(Phenotypic Gambit; Grafenによる命名。進化ゲーム理論で、「戦略」と呼ばれるもの=「形質」の進化を、遺伝的基盤を形式的に無視して論ずる手法)と集団遺伝学とが結びつきます。
それはPrice方程式によるものなのですが、その解説もあります。また、戦略モデルの原理が破綻する例なども提供されています。
他にも、Hamilton's Ruleの導出などが、統計学的なアプローチから展開されています。これはとても解りやすいです。

ただ、日本語がコテコテで丁寧すぎるかも知れません。普段から著者のご発言などを聞く機会がとても多くあるのでよく解るのですが、「精確に」物事を述べるというスタイルが見事に一貫しています。それゆえにすこし読み難い(ときがある)のかも知れません。僕はそういう日本語が大好きなんですが。
使い方によっては「事典」に近い書籍とも言えます。単独読破は厳しいのではないでしょうか?いずれにせよ、この本は集団遺伝学と進化とを統合的に学びたい方には絶賛推奨です。

もう一つ、ゲーム理論と遺伝学とを丁寧に解説した書籍。

進化遺伝学

進化遺伝学

  • 作者: ジョン・メイナードスミス,John Maynard Smith,巌佐庸,原田祐子
  • 出版社/メーカー: 産業図書
  • 発売日: 1995/09
  • メディア: 単行本
  • 購入: 1人 クリック: 15回
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難易度:★★☆☆
可読性:★★☆☆
推奨度:★★★★

泣く子も黙るMaynard Smithは、行動生態学ゲーム理論の手法を導入したパイオニアです。
その彼の原著:Evolutionary Geneticsという書籍を、巌佐・原田が邦訳したものという恰好になっています。
彼の打ち出した概念であるESS(Evolutionarily Stable Strategy)も勿論、紹介されています。

遺伝学的な枠組みにゲーム理論という手法を重ねて、それは見事に理論展開がされています。
塩基置換モデルなども紹介されているので、数学科出身の私にとっては、大学院に入ってから読み始めて「とても勉強になった」と感動した本でもあります。
ただし、日本語が少しぎこちなく、読みづらいかも知れませんね。BOXが豊富で、トピックも豊富。進化学に携わるのでしたら一度は読むべきでしょう。

もう少し柔らかい本も2冊ほど紹介します:

進化生態学入門 ―数式で見る生物進化―

進化生態学入門 ―数式で見る生物進化―

難易度:★☆☆☆
可読性:★★★☆
推奨度:★★★★


発刊前に著者にコメントさせて頂きましたが、とてもよい本だと思います。
まず、とても読みやすい。とっても丁寧に書かれていますが、あまりムダがありません。
次に、数式が少ない。これはある意味ぼくにとっては読み難いのですが、その評価を鑑みてもとっても解りやすい。キーとなる数式は必ず載せているからだと思います。
さらに、トピックが非常に豊富!動物の行動生態学のみならず、植物に関するそれに関するトピックも多くあります。

個人的には、「手法を紹介する」本として最適だと感じました。山内氏の師匠である巌佐庸による著書「数理生物学入門」は、トピックありきの手法紹介でしたが、こちらは、予め手法を紹介するという試みがあったうえで、それを導入する上で最適なトピックが選ばれているという形です。
Price方程式とアダプティブダイナミクスとが両方紹介された本というのはこれ以外になかった気がします。
進化遺伝学における偉人たちに関するコラムもとても興味深く面白いです。

生き物の進化ゲーム ―進化生態学最前線:生物の不思議を解く― 大改訂版

生き物の進化ゲーム ―進化生態学最前線:生物の不思議を解く― 大改訂版

難易度:★☆☆☆
可読性:★★★★
推奨度:★★★☆(期待をこめて)

大改訂されました。
まだ完全に目を通したわけではないので深くコメントできませんが、これもとても易しい数式だけで記述されています。
さらりと目を通した限りですが、血縁選択に関する解説はとても不十分だと思いますが、期待をこめて推奨度は3です。
また、トピックも豊富(やや植物より)であり、送粉生態学におけるモデルが紹介された数少ない書物です。
必要な素養は高校までの数学程度でしょう。
なお、改訂前の1999年初版のものは、院試の前に1週間ほどで読んだ思い出があります。

最後に、和書ではありませんが、お薦めしたいものを2つ。これはかなり厳しいです。

Foundations of Social Evolution (Monographs in Behavior & Ecology)

Foundations of Social Evolution (Monographs in Behavior & Ecology)

難易度:★★★☆
可読性:★★★★
推奨度:★☆☆☆


「黒本」です。Price方程式を基に、Hamilton's Rule、もっと広く、ゲーム理論や個体群動態論から血縁選択理論を展開している名著です。
読みきった研究者の方はあまりいないと思いますが、個人的には衝撃的かつ、もっとも勉強になった本です。
基礎統計学微分積分、集団遺伝学、ゲーム理論の知識が必要でしょう。
性比、分散、毒性などの進化理論や、Fisherの繁殖価(Reproductive Value)理論がとても丁寧に解説されています。
すべての解析はTaylor & Frank (1996) How to make a kin selection model (Journal of theoretical biology)
という有名な論文での手法にもとづいています(direct fitness approach)。
英語はとっっってもエレガント。衝撃的な読みやすさです。独学は厳しいとのもっぱらの噂です。読み終えた方とは是非飲みに行きたいものです。
なお、著者のSteven, A. Frankは自身のウェブページで(すべての論文もふくめて)無料配布しています。

そして

Genetic Structure and Selection in Subdivided Populations (Monographs in Population Biology)

Genetic Structure and Selection in Subdivided Populations (Monographs in Population Biology)

難易度:★★★★
可読性:★★☆☆
推奨度:★☆〜?

いわゆる「赤本」です。これも衝撃的な理論展開。
血縁選択やアダプティブダイナミクスを、合祖理論から展開しています。その点でFrankやTaylor、GrafenらがPrice方程式にもとづいて理論を展開しているのとは対照的(かつパラレル)かも知れません。
Phenotypic Gambitを踏襲していた僕にとっては、遺伝的な、行動生態学へのアプローチを学んだ書物です。
Wrightの島モデルや、飛び石モデルといった集団構造の特徴付けがされた典型的なモデルに関する知識があったほうがいいです。
あと、Appendixは数学ですが、必要な素養は基本的に、微積と線形だけだと思います。集団遺伝学の知識がとても役に立ちます。
まだ途中なので推奨はできませんが、たぶん年度内には大方読み終わると思います。感想はそのときに述べます。
なお、(フランス人だからでしょうか、)彼の英語は少しわかりにくいかも知れません。少なくとも、僕には黒本のほうが読みやすいです。


この「赤本」と「黒本」をしっかり読めたとき、あなたもKin-Selectionistの仲間入りです。