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主に進化生物学の理論のブログです。不定期更新予定。

グループ淘汰と血縁淘汰の形式的な等価性?

グループ淘汰と血縁淘汰の「等価性」に関する2つの論文

  • Mathematics of kin- and group-selection: formally equivalent?

Arne Traulsen (2010)

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1558-5646.2009.00899.x/full

  • Group selection and kin selection: formally equivalent approaches.

James A.R. Marshall (2011)

http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0169534711001169

読んでいました。僕自身は「協力行動の進化の研究はすることはないだろう(ははは!)」と、大学院に入った頃は考えていたのですが、いろいろな方からの影響(特に指導教官のそれは多大である)を受けつつ、多くの論文や教科書を読むうちに、すっかりこのブンヤに足を突っ込んでしまうことになってしまいました。

いや、いいんですが、まだまだレビューが足らず、とてもではありませんが例えば真社会性の進化の論文などを書けるレベルにはありません。普通の協力行動の進化については、論文は書ける程度には手法を身につけることができたように思います*1

しかし、協力行動の進化理論については、まだまだリサーチが足りないなあと感じていたのは、グループ淘汰と血縁淘汰についてです。Price方程式を用いることで、それらが等価であることは「知っている」のですが、果たしてそれがどんなディベートに晒されているのかは、未修のところでした。

ということで今回は、Traulsenの論文をふと読んでみることにしたのです。するとそれがかなり分かりやすかった。もちろん、一部の論調*2には到底納得できないのですが。とはいえ、D. S. Wilsonたちがグループ淘汰をゴリ押ししてきているのは知っていたし、Traulsenもその一派と思っていたのですが、思った以上にニュートラルな論調でした。…贔屓目に見て。

で、1本目のTraulsen論文と、それを引用している論文を見てみたところ*3、 2本目の論文を見つけたのでした。挑発的な論文だなあ…と、正直あまりいい印象は受けませんでしたが、Traulsen論文と同じかそれ以上にすでに引用件数がありますし、スキップはできなさそうです。ということで今回はこの2つを紹介したいと思います。まずは1本め、Traulsen論文です。

著者はまず、グループ淘汰と血縁淘汰との論争がsemantic(意味論的;ただの解釈の問題ということ)であると考えられていることを断ったうえで、2つの理論の根幹をなす数学的な構造が等価であるかは疑わしい、と述べている。そしてグループ淘汰とは「ネットワーク上の進化ゲーム理論のことだ」と述べている。ここには説明が欠けているが、ネットワークでつながった(=相互作用をもつ)個体同士のかたまり(たとえばペア)単位で自然淘汰が作用することを述べている。たとえばそのネットワーク構造は飛び石モデルかもしれないし、島モデルかもしれない、そしてもっと複雑なネットワークかも知れない、ということなのだろう。しかしこれはどうだろう。グループ淘汰を「ネットワーク上での進化ゲーム理論」と定義するかどうか、というそれこそ定義問題に陥ってしまっている気がする。とはいえ、この論文では、進化ゲーム理論と血縁淘汰との数学的構造を比較していくことになる。なお特に、進化ゲーム理論というのはレプリケータ方程式で記述されるダイナミクスのことだ、とさらに問題のすり替えに近いことを述べている。

しかし、数学的な構造が等価とは何か?ということには言及が必要で、著者は、量子力学におけるSchrödingerの波動方程式とHeisenbergの行列力学との等価性を引き合いに出している。Schrödinger方程式は物理状態が時間変化するという考え方、いっぽうの行列力学は系の発展を決める作用素(行列とか関数)が時間発展するという考え方だ。それらが等価であることはDiracが数学的に証明した。そして進化生物学では、Lotka-Volterraの競争方程式が、タイムスケール変換を含む変数変換によって、レプリケータ方程式に完全に帰着されるということが紹介されている(Hofbauer & Sigumund 1998)。これはNowakの「進化のダイナミクス」という本でも導出されている有名な事実だ。変数変換が可逆である以上は、レプリケータダイナミクスとLotka-Volterraダイナミクスとは、そこにある数学的な背景は完全に等価である*4

そこで著者は血縁淘汰とグループ淘汰はどうか、と問題提起し、「より正確には、包括適応度理論と進化ゲーム理論はどうか?」と述べている。ここでも、グループ淘汰=進化ゲーム理論と考えていることがよくわかる。ここでは、包括適応度理論が完全にPrice方程式に依拠していることをことわったうえで、レプリケータ方程式とPrice方程式を比較している*5。ここで特に問題になるであろうことは、Price方程式で記述される平衡点*6というものに関してだ。力学系の位相的な性質は、ほとんど平衡点の安定性(局所的、あるいは大域的、ともに)で決まってしまうからだ*7

そのPrice方程式上の平衡点というのは、Hamilton則で予測可能である(ことが多い)。したがってHamilton則を理解したいわけだが、そのルールは、コストとベネフィットの比が閾値になるということであった*8。しかしここで著者は、その閾値は確率的なプロセスを取り込めばあっという間に変化してしまうことを述べている。つまりHamilton則が成り立っているのに協力行動が進化しないことがある、etcということだ*9。そして確率的なプロセスは、グループ淘汰理論において積極的に取り入れられているそうだ。

そして著者は、こういった違いを見るにつけ、おそらく数学的な背景は異なるであろうということを述べたうえで、次の3つのことを紹介すると言っている:

  1. Dynamical Sufficiency

  2. Frequency dependence

  3. Definition and necessity of weak selection

ということで見ていこう。

*1:調べたい現象があるかどうかは、また別の問題であると言えましょうが

*2:著者は、グループ淘汰=進化ゲーム理論、と考えているのだと思います。ただし、「グループ淘汰」を彼は特に「ネットワーク上での淘汰」と考えているように思います。グループ淘汰という言葉遣いそのものに多様性があり、それが議論になり無駄な舌戦や誤解を生み出すのだとしたら、僕はその言葉を完全に排斥すべきだと思います。代替案はありませんが。

*3:余談ですが、論文を読んで本腰入れて勉強するうえで最も大事なのは、その論文の内容は勿論そうなのでしょうが、それを引用している論文がいったいどんな論調・スタイル・内容・枠組みを採用しているのか、というのが何よりもトレンドを把握(=レビューする)上で効果的だと思います。もちろん、何千件も引用されている場合は難しいのでしょうが、その場合は、Aを引用している論文集合X(A)のうち、もっとも引用されているもの、あるいはそのうちもっとも新しいレビューはどれか、という探し方が、節約的だと思います。

*4:量子力学における2つの理論の等価性は、単純な変数変換ではなく、変数ベクトルの入っている空間そのものも異なっている。数学では、2つの空間が「違って」いても、完全にお互いに対応がつく(同相である)限りは同一視することが可能である。「空間に入っている微分構造」も等価なら、2つの空間は微分同相と言われる。

*5:浅学な私は、レプリケータ方程式は完全にPrice方程式そのものであると理解していた。つまりPrice方程式の連続版がレプリケータ方程式であると考えていた。それはこの論文ではなく、このブログhttp://stevencarlislewalker.wordpress.com/2012/06/26/derivation-of-the-continuous-time-price-equation/を通じて知った。紹介してくださったYamasa7さんに感謝!4月7日追記:やっぱりレプリケータ方程式はPrice方程式の連続版や!

*6:単型ならESSと言っていい。多型の場合は進化的に安定な状態だろう

*7:平衡点が全て局所安定である状態が、パラメータ空間において測度>0で存在するなら、その状態はジェネリックgenericであると言っていい。つまり、パラメータがすこし変わっただけでは平衡点の性質が変わらないのであれば、それはパラメータごとに定まる力学系を理解したと言ってもいい、という考え方だ

*8:ただしコスト・ベネフィットの解釈に関しては注意が必要であることは前回述べた

*9:しかし残念ながら確率的なプロセスはこの論文では取り扱われておらず、Nowak一派の論文が引用されるに留められている…。