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主に進化生物学の理論のブログです。不定期更新予定。

グループ淘汰と血縁淘汰の形式的な等価性?その8 : IFTの誤解、一般性

すっかり遅くなってしまいました。

  • 3/10まで滞在していたモンペリエでの仕事が原稿になり、共著者に発射しました。
  • 学振の書類を2つほど仕上げました。
  • 神戸でGWに飲みまくって遊びまくりました。

全然関係ないのですが、最近のサンデーがむっちゃ面白いです。コナン好きなら、購入の価値アリです。。

さて、Marshall (2011) のBox1.には

  1. IFTはHamilton Ruleである
  2. IFTはPrice方程式である
  3. IFTには弱い淘汰と突然変異の稀さという仮定が必要である
  4. IFTには適応度の相加性が必要である
  5. IFTにはペア同士でのみの相互作用が仮定される必要が有る
  6. IFTはDynamical Sufficiencyを欠く
  7. 包括適応度は個体適応度ではない
  8. IFTでは形質の適応度への効果を空間構造から切り離す必要が有るため、社会相互作用が非相加的でない場合には機能しない
  9. 血縁度は家系図からのみ計算されるものである
  10. 産仔数が適応度として計算される
  11. GSTとIFTとは、方法論として異なるものである

ということが列挙されています。その誤解を晴らすためのMarshallのコメントをみてみましょう。

1) IFTはHamilton Ruleである

Hamilton’s rule is a summary of the direction of selection based on inclusive fitness. Inclusive fitness theory does not preclude more sophisticated analyses of selection.

2文目はかなりまわりくどく書かれている感じがしますが、皮肉なのでしょう。IFTは本来としてHamilton Ruleを導くことで進化の方向を予測する枠組みであり、その不等式で混乱する理論家が現れることはありえないはずだが…それなのに…、、、。ということなのでしょう。

2) IFTはPrice方程式である

The Price equation is one popular approach to deriving Hamilton’s rule and studying inclusive fitness. Other approaches, such as population genetics and evolutionary game theory, are equally applicable.(Price方程式は、Hamilton's Ruleを導くための(単なる)ひとつのアプローチである。包括適応度理論にはゲーム理論も集団遺伝学も適用可能である。)

これはまさにその通りです。Traulsen (2010)はあたかもIFTがPrice方程式だけであるかのような記述をしていましたが、これはひどい誤解です。Price方程式を用いると、Hamilton Ruleの導出が簡単になる、というだけのことなのです。

3) IFTには弱い淘汰と突然変異の稀さという仮定が必要である

センター試験に出てきてもいいのではないかというレベルでよく見られる誤解なのですが、これには

These are required only to estimate relatedness from pedigree, for Hamilton’s rule to accommodate certain kinds of non-additive fitness effects and for simplifying inclusive fitness models. Appropriate formulations of Hamilton’s rule relax these requirements.(これらの仮定は、血縁度を家系図から計算するために要求される仮定であり、その計算はHamilton Ruleが非相加的な効果を内包できるようなアプローチであり、そして包括適応度モデルをシンプルにするための便宜である。Hamilton Ruleの適切な定式化は、そういった要請を伴わない。)

と答えています。 これは理論的な簡便性からそう仮定されることが多いというだけであり(特にneighbor-modulated approachではそう)、Hamilton Ruleの成立自体にはそんな仮定は必要ないのです。とはいえ、淘汰が弱いという仮定は、小進化においてはけっこう広い範囲の形質で成立するのではないでしょうか?

4) IFTには適応度の相加性が必要である

Inclusive fitness can be decomposed into direct and indirect effects even with non-additivities, although non-additive effects might need to be divided between interactants. Hamilton’s rule can directly accommodate most forms of non-additivity.

これはなかなか解りにくいのではないでしょうか?direct fitnessというのは、当該の遺伝子がのっている注目個体そのものの適応度であり、indirect fitnessというのは、その注目個体と、(平均にくらべて)高い確率でその遺伝子をもっている個体の適応度に、血縁度の重みをつけて和をとったもの、です。しかしこれは「相加性」をゲームのペイオフに関する性質として定めるか、それとも適応度に関する性質として定めるか(ここでは両者をわける必要が有る)、によって意味が異なるものです。ここでは「相互作用の相手ごとに、非相加な効果は分割される必要があるだろう」と説明されていることから、後者に関する説明だと思われます。おそらくこの誤解や批判は、Hamilton Ruleの定式化において、\( B\)はアクションを起こすこと(=表現型を発現させること)によって、その相手が獲得するベネフィットであり、\( C \)はアクションをおこすことで本人が被るコストの総和ですので、この「アクションを起こすことによって、\( B\)とか\(C \)とかが単純に足し引きされるという構造」が焦点になっているのだと思うので、この回答は少し的はずれなのではないか(あるいは曖昧)というのが僕の感想です。

5) IFTにはペア同士でのみの相互作用が仮定される必要が有る

Inclusive fitness theory is valid for arbitrary interaction group size.

この回答も、クリアではないと思います。「ペア同士での相互作用が必要である」というのは、ローカルなグループ内での1:1ゲームが(何度も繰り返し)おこなわれるという構造を批判しているのです。ここでは「IFTは任意の相互作用サイズで正しい」とこたえられていますが*1、答えるならば、「3人以上が同時に対戦するゲームにおいてもIFTは機能する」ということがまず第一なのではないでしょうか。

6) IFTはDynamical Sufficiencyを欠く

Given that inclusive fitness theory can be studied with various modelling approaches, one need only chose a methodology appropriate for a particular model to satisfy dynamic sufficiency. 「IFTは様々なモデリングアプローチをもちいて解析できるのだから、特定のモデル(想定されているのは「現象」に近いと思います)がDSを満たすような適切な方法論を選べばよいだけである」。

これも間接的な回答なように思います。「適切なやりかたを選べばええだけやで」というのが道標にはなっているようです。なんとなく、現象、アプローチ、モデル、枠組みといった言葉遣いが氾濫してしまっている印象です。

7) 包括適応度は個体適応度ではない

Personal fitness is mathematically equivalent to inclusive fitness, although only inclusive fitness is meaningful in evolutionary terms (Box.3). (Box3で説明されるようですが)「進化学的な言葉として、(個体適応度ではなく)包括適応度のみが意味を持つ」。

「包括適応度」とは、ベースラインの適応度に対して、「まわりの個体がアクションをとることで得られる、注目個体の適応度への貢献」を足し上げたもの(というのが1つの解釈)ですので、この批判はまさしく的外れと言えましょう。引用されているのはNowak et al. 2010 Nature論文ですが、彼らは、包括適応度とは、自分の適応度に対して、「自分がアクションをとることで周りの個体が得られるゲインに、血縁度の重みをつけたもの」を足し上げたものとしか思っていないのだと思います。包括適応度というのはもう少し広い枠組みで、個体適応度をまさに含んだ概念と言えますが、これは定義問題でしょう。

8) IFTでは形質の適応度への効果を空間構造から切り離す必要が有るため、社会相互作用が非相加的でない場合には機能しない

この批判はよく意味がわかりませんでした。これには

Even for non-social traits, frequency-dependent selection introduces a relationship between population structure and fitness effects. This relationship between population structure and fitness effects of traits is a feature of frequency-dependent selection, and is not peculiar to inclusive fitness theory.

と答えていますが、本当に的外れだったのでしょう。集団構造から定まる頻度依存選択にも適用可能だということを述べているのでしょう。

9) 血縁度は家系図からのみ計算されるものである

これはもういいでしょう。モデリング時は、弱い淘汰を仮定すると解析的に血縁度が家系図から得られる、というだけのこと(利便性)です。

10) 産仔数が適応度として計算される

これももういいでしょう。うんざりです。

11) GSTとIFTとは、方法論として異なるものである

これはこの論文や、今後を通じて、じっくり解き明かすことにしましょう。

*1:もちろん、この回答それ自体は正しい