定義
他者からの伝え聞きのみを根拠として、命題の真偽の判断を行なうこと
論理形式
Person X said A is true. Therefore, (one should conclude or accept that) A is true.
X氏が、命題Aは真だと述べた。故に、命題Aは真である(と結論づけるべきである)。
説明
他者からの伝聞が何かの主張を支持する根拠になる、と考えるのは、実務的には有り得たとしても、 論理的には誤りである。 「風評」もこのカテゴリに属する誤謬であり、徹底的に否定されるべきである。
日本の法律(日本法)では、刑事訴訟法320条1項に明記されており、 「[ある例外を除いては、] 公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない」。
ただこの「供述に対して限定的な根拠しか認めない」のは、日本法においては刑法に限られる。 米法ではもうすこし幅広く適用されるようではある。
Hearsay in United States law - Wikipedia
例
教訓
「人の噂も七十五日」とは言うが、人の噂を流すのはやめよう。 「火のない所に煙が立たぬ」ということわざは論理的形式では「煙があるならば、そこには火がある」というものである。 「煙」が「噂」に相当し、「火」が「真実」に相当するのであれば、この諺は悪しきものとして、棄却されて然るべきである。 *3
噂ではなく根拠を示すべきなのである。
分析
究極的には…あるいは日常的には、「"友人の友人"の主張」を信じるすべが絶たれる。 たとえば、パソコンの購入をあなたが検討しているときに、 友人Aが「"MacはWindowsよりも直感的に扱いやすい"と太郎は言っていた」と主張し、 それをあなた自身が信頼したとする。 それを誤謬として扱うべきだろうか? もし太郎がAの、あるいはあなた自身の親友であったり親族であった場合はどうか?これは信頼関係依存的である。
信頼関係への依存性に加え、分析的かつ現実的なアプローチはおそらく、3つ挙げられる。
- 太郎の主張は再現可能か?(→お店で実際に確かめること)
- 友人Aの主張は検証可能か?(→太郎に意見を求めること)
- 利害は発生するか?(→たとえば太郎や友人Aが、MicrosoftやAppleの関係者かどうかという背景の確認)
雑感:科学者の立場
「根拠ベースドな体系である(とされている)科学的いとなみ」が、 いかに市民的な信頼に基づいているかを認識せねばならない。 なぜならば、「第三者から査読された論文だから、根拠として信頼たりうる」ということを担保に、我々は科学者の科学的貢献を見ることになるためである。 *4 だからこそ、「再現が可能」ということが、(おそらく査読と同じくらいに重要な)保険になる。
科学者は、決して信頼を裏切ってはならない。 欺瞞・ズル・卑怯な真似をすることは、科学の価値や意義そのものを貶める、最低最悪の行為であると断罪すべきだ。
派生的な誤謬
権威に訴える論証(Appeal to Authority)
公的に権威をもった何かが正当化している命題は正しい、という論調のこと。 特にA氏に権威が備わっている場合でも、その人の主張(論文含む)を無批判に正当化してしまうことは、 論理的に誤りである。 日常会話で、権威を持ちだして何か説明するのは、ある意味ではとてもラクだ。 でも、議論に権威を持ち込むならば、自動的にその立場には自由が保証されるべきで、たとえば信奉・信仰問題として扱われるほうが適切である。
悲しいかな、権威の大先生と論文を書いたほうが、論文は雑誌掲載が容易になる。
なお、この「大先生と論文を書いていたときにはいとも簡単に論文が通っていた」という経験談を、山中伸弥教授は、バークレーでの講演会(2017年5月16日、開催)にて話されていた………が、この僕の主張は、伝聞に基づく論証か。。
例
「脳科学者Mが主張しているから、仮説Qは正しい」
その他:伝統に訴える論証、多数派に訴える論証
例を挙げて説明せずともわかるだろうが:
- 「チームAのサポーターがチームBに対して、不適切な野次を飛ばしているが、みんなやっているし、何よりこれがこのスポーツの伝統なのだから、やってもいいのだ」
教訓
関西人なら「〜やで。知らんけど」
*1:これは決して不謹慎な例ではなく、『関東大震災朝鮮人虐殺事件』として知られている事例であり、今なお史的事実が研究されているようである 関東大震災 - Wikipedia
*2:僕はむしろ、こういう主張をするBに対してこそ、並々ならぬ不信感を抱く。
*3:この諺の起源はおそらくマーフィーの法則の一種なのではないだろうか:つまり、煙が観察されたときに火を発見したという事例が、(火が発見されなかった事例よりも)優先的に印象に残ってしまうということはあり得るだろう。
*4:これは直接的な伝聞による論証ではないが、査読者はふつう、編集者に対して「レポート」を送り、それに基づき、編集者は価値の判断を行なう。