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主に進化生物学の理論のブログです。不定期更新予定。

中学生から始める適応進化理論

これから何週間かにかけて、適応進化という考え方、それにまつわる誤解、集団遺伝学初歩、そしてゲーム理論について、やや長めですが、できるだけわかりやすく解説していきます。

本エントリーは、academist社ご協力のもと開催された、下記、講演会『数理で読み解く科学の世界』のフォローアップ記事です。

lambtani.hatenablog.jp

文責はすべて私の負うところにあります。論理的に不正確な箇所や、わかりにくいところがあったら、どんどんご指摘ください。

1. 生物の適応進化の考え方

1.1 遺伝する性質が進化する原理

キリンの首は長く、タンポポには綿毛があります。図鑑を眺めてみると、どの生物も異なる姿かたちをしているし、動物園に行けば、動物たちはさまざまな行動を私達に見せてくれます。野山に足を運んでふと見渡すと、草木や動物たちは、かくも素晴らしい多様性を私達に見せてくれます。

こうしたあたりまえの事実、ないし生物現象に、目を向けることは、普段はないかも知れません。素朴な疑問として、地球上の多様な生物は、どうやってこの世に誕生し、現世まで残っているのでしょうか。

話をわかりやすくするため、シンプルに「生物」といったら目に見えるものに限るとします*1。 地球の誕生から果てしない年月が経過した現在でも、観測された生物の性質が「残っている」(あるいは、それを我々人間が、「パタン」すなわち、多様ではあってもある程度の「まとまり」*2のあるモノとして観測できる)という事実に着目してみましょう。 生物たちが生きていく中で、その生物の行動・性質が、環境的な理由で少しずつ変化していくことも勿論あります(後天的である)。 しかし多かれ少なかれ、生物の行動や性質は、祖先から遺伝子を通じて受け継がれてきたものです。 つまり、生まれてきた時点で、行動や性質がある程度は決まっている(先天的である)のです。 なので、性質や行動には、環境で決まる部分はもちろん、遺伝で決まる部分があるのです (個体の性質が、どの程度の遺伝要因で決定されているのか、を測る指標には、遺伝率 heritability という量があります)。

たとえば平均よりも長い首をもつキリンの個体に注目したとき、その子どもも、生まれたときから、別の親から生まれたこどもの平均よりも、長い首をもつ場合、首の長さの決定には、 遺伝子が関与しているだろう、と推論できます(逆に、首の長いキリンの親の首の長さを確認することで、遺伝子の関与を推理することも可能ですね)。 性質に遺伝子が関与するということを、その性質には遺伝的な基盤があると言います。 また、行動にも遺伝的な基盤がある(たとえば、ウミガメが、孵化後すぐに海へと向かってまっしぐらに進む行動には、遺伝的な基盤があると考えるのが自然でしょう)可能性も踏まえ、遺伝的な基盤を持つ行動・性質(姿かたちなどの、静的な状態)を、まとめて、遺伝形質と呼ぶことにします。*3

生物の遺伝形質に違いがあることで、どのようなことが起こるのでしょうか。たとえば、キリンの首の長さ(キリンの首の長さは遺伝形質であるとします)に違いがあると、何が起こるでしょうか。キリンの首が長いと、他の個体の首が届かないようなところに生えている枝や葉(資源)を食べることができます。首の長いキリンほど大型かつ高い所の枝や葉を食べられる生物もいませんから、そうした首の長さゆえにたくさん資源を獲得でき、さらにそのせいで生存率があがり、子どもを(ちょっとだけではあっても、他の個体に比べて)たくさん残せる可能性が高まります。ちょっと多く生まれた子どもには、首の長さを決定する遺伝子が受け継がれていますから、平均的にちょっと首が長い集団が生まれてきたことになります。

これが繰り返されると、どうなるでしょう?同じように、首の長いキリン個体たちはたくさん子どもを残せますから、 集団平均上、どんどん首が長くなるような「変化」が起こると期待されます。まとめると、

  1. キリンの首の長さは、(たくさんの)遺伝子(ここでは、「くびなが遺伝子」とよぶ)によって決まり、
  2. キリンの首の長さ次第で、獲得できる資源の量が決まり、
  3. 獲得した資源の量次第で、残せる子供の数が決まり、
  4. 多く残せた子供には、くびなが遺伝子が受け継がれ、
  5. したがって、くびなが遺伝子は結果的に、時間が経つにつれ、キリン集団で増えていき、
  6. 最終的にどのキリンも首が長い、という状態に至る。

このプロセスを、自然淘汰による進化と呼びます(適応進化、とも呼びます)。 自然淘汰の法則による、適応進化という考え方は、数え切れぬほどにいる生物が現在みられるような姿かたちをしている理由を、「たくさん子どもを残せたから」という基準に基づいて説明するための理論なのです。以下、自然淘汰の法則による進化という考え方を、適応進化理論と呼びます。

1.2 遺伝子はどこからくるのか:突然変異

しかしそもそも「首の長い遺伝子」はどこからきたのでしょう?

首の長さなどの遺伝形質が親から子に受け継がれるためには、親の遺伝子を複製(コピー)して渡す(ペースト)プロセス、 いわば「コピペ」が必要になります(親の体内にある「遺伝子という物質」そのものを受け継がせるわけではないのです)。 そのコピペの様々な段階で、ランダムな(つまり確率的な)エラーが起こることがあり、そのランダムなエラーを突然変異と呼びます。 現代生物学では、既存の遺伝子が、突然変異によって違う遺伝子になり、遺伝形質の個体差が生み出される、という考え方が概ね受け入れられています。

突然変異の効果がとても大きい場合は別ですが、首の(ちょっと)長いキリンは、首が(そこまで)長くないキリンが子どもを生んだ時に起こる、ランダムな突然変異によって現世に生まれる、と考えられます。 そして突然変異によって違いが生まれ、突然変異によって生まれた遺伝子が、首の長さを決め、たくさん子どもを残せるかどうかが、自然淘汰によって決まるということです。

1.3 適応という考え方が「生物を理解する営み」を学問たらしめた

適応進化理論はCharles Dawinによって1859年に『種の起源』で初めて提唱されて以来、生物学における人類の知見に、決定的な変革(パラダイム・シフト)をもたらしました。この理論による重要な帰結のひとつが、生きている生物の起源を理解するための営みを「科学化」したこと、そしてより哲学的に、我々人間の存在の由来を考えることも可能にしたこと、にあります(これらに限りません)。

もちろん、すべての生物を、神の作り出した所以である、と考える立場もあります。その立場をとるのは、個人の自由です。 しかし、私たち科学者には、「それでは、その神を作り出したものは何なのか」という疑問が生じ、神の神、神の神の神、を考える必要が生じ、まったく同じ推論が、永遠に終わりません (別のエントリで解説した「ホムンクルスの誤謬」と言います。ドラゴンボールに、武天老師様(亀仙人)→カリン様→神様→閻魔大王様→界王神様→大界王神様…という永遠に終わらぬ「師弟」あるいは「創造主」関係が生じるのは、この原理です)。 つまり、「創造主が生き物をかくも作り出した」という出発地点(仮定)からは、論理的に、(別の)結論を導けないのです。いっぽう、適応進化理論によって生物の性質を理解する営みには、以下に見るように、さまざまな推論が展開可能です。

1.4 いろいろな「なぜ」があっていい

さて、自然淘汰の法則は、遺伝形質の違いが残せた子供の数の多さの違いをもたらし、そして親から子に伝わる遺伝子の数の違いをもたらす(進化)という、「遺伝子のもたらす性質の有利不利」を決定する原理でした。 この仕組み(論理)は、生物の性質を観測した時に、「自然淘汰が遺伝形質の進化を引き起こした、究極的な要因は何か」についてのものです。 しかしもちろん、キリンの例だと、首の長さが一体どのような複雑な「くびなが遺伝子」によって実現しているのかを、一旦は「無視」しています *4。 このギャップはどのように埋められるのでしょうか?

適応進化によって、くびながの進化が起こったとして、その要因(首が長いことで、たくさんの餌資源を獲得できたから)を「究極要因」と呼ぶとすると、くびながに至るまでの進化的な要因は他にも、

  • 系統的な要因(キリンに近い種やその祖先も首が長いかどうか)
  • 生理的な要因(首を長くするような遺伝子がどのような転写制御機構系に関わっているか、そうやって身長の発育とともに首も長くなり骨も発達するか)
  • 発達的な要因(首を長くするような行動を後天的に行っているのかどうか)

などが考えられます(他にもあるでしょうか?)。このように多様な観点から、くびながの理由を解明することが、生物学という科学的枠組みでは、可能です。 この、究極要因も含めた、進化的要因の分類法は、「ティンバーゲンの4つのなぜ」と言われています。 こうした多角的な要因を解明することへの研究者の興味こそが、生物学の分野を多様なものにした原因のひとつです。 つまり生物学が多岐にわたる分野をもつのは、これが理由理由のひとつなのです。

私自身は、Nothing in Biology Makes Sense Except in the Light of Evolution -- 直訳すると、「生物学においては、進化を考慮してこそ、その意義がある」-- という言葉が大好きです。 私は、究極要因を常に念頭に置いて、生物学の研究を続けたいと考えています。

1.5 おことわり

うえでは、ヒューリスティックな例としてキリンを用いました。しかし、キリンの長い首の進化は「首が長いとたくさんエサを食べられた」という究極要因のみで説明できるわけではないことをお断りしたいと思います。たとえばこの動画を観ると、武器としての意義も(首が長くなった結果として)ある気がします*5

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壮絶。

*1:ウイルスは除いてもいいし含めてもいいけど、話をシンプルにするため、ここでは一旦かんがえない

*2:たとえば、哺乳類等の四肢動物には、頭・胸・腹・腰・脚があるといった事実。これらには共通性があり、「パタン」があると判断される。

*3:英語では、単にtraitと呼ぶことが多いです。しかし、例えばtraitが文化的な所以で獲得されていることもあります。その際は、遺伝と文化の違いを強調するために、genetic traitと、cultural traitと、区別して表現します。

*4:なお、生物の性質の究極要因を解明する理論は、表現型ギャンビットと呼ばれます。

*5:このように、ある一つの機能を持っていた一つの遺伝形質が、別の機能を持つようになった(つまり別の自然淘汰が作用するようになった)ことを、前適応といいます。英語ではpreadaptation。