Life is Beautiful

主に進化生物学の理論のブログです。不定期更新予定。

渡航前に麻疹・風疹の予防接種

関西国際空港での麻疹問題。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160906-OYTET50010/yomidr.yomiuri.co.jp

[追記:ニュース記事を消さないでクレメンス↑] 何を隠そう僕は関空から、ポスドクjobへ向けて飛び立つのです。これは不安。ちょっと事前に調べてみると…

  • 麻疹は平成生まれ以降の世代では、二度の予防接種が実施されている(通称「一期」、「二期」)
  • 感染力が非常に強く、感染者と同室にいるだけでも感染してしまう
  • 基本再生産数 $R_0$ はなんと15,6という話もある*1。それだけ感染力が強い。いやこれは、強いどころではない。最強クラス
  • 発症すると大人では特に重症化しやすい
  • 風疹は、「三日麻疹」と呼ばれる
  • 特に、妊婦が感染すると非常に母子ともに危険で、特に胎児は先天性麻疹症候群を患う恐れがある

とにかくアブナイ。熱は出るわ咳は出るわ。しかし厄介なのが、まず発熱してすぐに収まって、また発熱するというところ。すぐに収まるため、風邪と誤診されやすいそうで。

でまあそんなアブナイ病気をアメリカで発症すると個体的にも社会的にも死んでしまうので、予防接種をせねばなるまい。

ということで朝から病院探し。これ、ナメてはいけません。ワクチンがある病院、むっちゃ限られてる。福岡市医師会のウェブサイトからアクセスして、西区の、どの病院で風疹を取り扱っているかを調べると…

めっちゃ少ない!*2

http://www.city.fukuoka.med.or.jp/iryou/yoboum_nis.html

朝から3,4件くらい電話してみるも、在庫がなかったり、そもそも成人には実施していなかったりで右往左往。ようやく見つけたは、ひとつのこども病院。風疹と麻疹の混合ワクチンならば在庫があると聞いて、さっそくそちらへ。

こども病院ということもあって、待合室には子連れの家族が散見された。おかげで、呼ばれるときは「λ谷・Rすけく〜ん」という感じだった。「はい」と返事すると、「あっ、すみません、お子さんかと」とすぐ謝られたけど、「は〜い!キャッキャッ」と返事するくらいの機転を持ち合わせていなかったのを反省したい。

で、診療室に入ると、院長がすこし面食らっていた。

「抗体、ありませんでしたかー(笑)」

「いや、わからないんですけど、念のため、です」

という会話で3秒で終了。

ちなみに保険適用外なので9000円を自腹で払いました。痛いな…。

でも自治体によっては、女性が無償で受けられたりもすることもあるらしい。

http://www.city.nagoya.jp/kenkofukushi/page/0000047741.html

名古屋市はそうらしい。いいなあ。

*1:つまり1人の感染患者がいたら、そこから新たに15人近くの感染者を生み出すということ

*2:博多や姪浜にはそれなりにあると思う。九大が田舎すぎるのである。。。

J1ビザへの道2:面接

前回に引き続いて。面接についてのTIPSを紹介します。これまた、アメリカ大使館のウェブサイトに詳しく紹介されてはいるのですが、あらためて注意点を。

荷物は少なく

持ち込める手荷物は基本的に面接に必要な書類だけです。ゲートにて、荷物は没収されます。また、預けられる電子機器は携帯電話だけです。もしもそれ以外の電子機器を持っている場合は、予め駅のコインロッカーに預けましょう。

福岡の場合は、大濠公園駅唐人町駅のロッカーが便利。

subway.city.fukuoka.lg.jp

僕はロッカーの数が多い唐人町を利用しました。歩行距離はどちらの駅からでもあまり変わりません。

アクセス

Google マップ

唐人町駅からは歩いて10分もかからないくらい。閑静な住宅街を歩いて行くと、おもむろに警察官が警備をしているのに出くわすと思います。その先に大使館はあります。 到着してからはしばらく待ちますが、暇つぶし道具に、文庫本などがあるとよいと思います。

面接まで

ゲートに入ってすぐ荷物を預け、書類だけを携えることになります。それから面接はひとりひとり、待合室の中で行われます。つまりけっこうオープン。名前を呼ばれたら受付へ行きましょう。

なお、待合室には自販機や写真撮影機はあります。

受付

書類のチェックだけで終わります。僕の1人前のひとは書類不備で追加書類の提出を要求されていました…。前日に電話で言われたはずなんですが、そういう不備も起こりうるので要注意!

面接

僕が聞かれた内容は

  • 仕事は?(Researcher)
  • 分野は?(Evolutionary Biology)
  • 福岡ではどこで働いているのか?(Kyushu University)
  • 何年福岡に住んだのか?(5年)
  • アメリカにはどれくらい住むのか?(2年)

といった感じ。もちろんもっと詳しく返答しましたが、そのあとに Your visa is proved, and you're going to receive it in one week といったようなことを言われて終了。笑顔で帰宅!

J1ビザへの道1:書類

申請していたJ1ビザ(交流者用のビザ)が届きました。

その手続はさんざんweb上でまとめられているし、何より大使館ウェブサイトに非常にわかりやすくまとめられているのですが、J1ビザの場合に「必要な」書類(2016年8月31日現在)は以下のとおり(詳細は下に記します):

  • DS-160
  • DS2019
  • SEVIS支払証明書
  • 財務証明
  • 面接予約確認書
  • 証明写真(背景白)

DS-160

所要時間:2時間以上? 所要経費:180ドル(Jの場合)

オンラインで申請した結果に発行されるものです。DS-160は渡航者の個人情報と思って差し支えありません。

米国ビザ申請 | DS-160 情報 - 日本 (日本語)

このオンライン申請、難儀なのが

  1. すぐタイムアウトしてしまう
  2. めっちゃ記入事項が多い
  3. 要求されている内容が意味不明だったりする

という点。DS-160のアカウントIDは発行されたらただちにメモしましょう。メールでのリマインダはないし、失効はいとも容易いです。

なお、このフォームを終わらせるには、下のDS-2019が必要なのと、背景が白の証明写真が必要です(要求はわりと厳しいので)。

米国ビザ申請 | 写真および指紋 - 日本 (日本語)

DS-2019

これはJビザを申請するときに、「相手方がきちんと受け入れてくれますよ」ということを保証するための書類です。 基本的には郵送されてきた原本しか効力を持ちません。大事に保管しましょう。面接には持参します*1

なお、このフォームには、到着後に記入してもらう項目があります。たとえば一時帰国などをおこなって「アメリカ不在」となった場合にも、きちんと申請者のアメリカでの立場が確立されていて、心配はないですよ、ということを主張できるようになります。当然、受け入れ先機関からサインを貰わねばなりません。サインには思わぬ時間がかかることもあるようですので、到着後すみやかに貰いに行くようにします(といいつつ僕はまだ渡航すらしていない)。

SEVIS支払証明書

これはDS-160を申請するときに伴うものです。いわばVISAを取得するために必要な経費と思えばよいでしょう。メールで領収書がもらえますので、PDFにして保存しておきましょう。面接にも持参。

財務証明

これはなかなかに厄介です。いろいろなパタンがあるかと思いますが、滞在中にどこからサポートをうけるかに依存します。

日本の機関から給与などを貰いながら渡航する場合には、銀行口座に十分な預金があるかどうかを英語で証明する必要があります。ひょっとすると機関に申請せねばならないケースもあるかも知れませんので、余裕をもって確認しておきましょう。

もし海外の機関から給与を受け取る場合は、その証明書は英語で書かれていることが多いでしょうから、それを提出すればOK。ポスドクの場合はオファーレターで事足ります。

面接予約確認書

必要経費:17600円

面接予約をおこなった時点で、メールにて受け取れます。面接の予約は17600円。高いですねえ。

証明写真

面接予約確認書に用いられる写真とは別に、面接にはビザ用の写真を持参せねばなりません。スマートなのは、焼きまししてくれる証明写真サービスを利用すること。カメラのキタムラで僕は済ませました。

これら一式をすべて面接で要求される(か、事前郵送する必要がある)のですが、ひとつでも欠けているとアウト。面接の予約からやりなおし。また、僕の場合は面接の前日に電話があり、追加必要書類を教えてもらえましたので、滞りなく面接まで進めました。

ついにドキドキの面接です。

*1:福岡や札幌の場合は、一週間前までに、所定のレターパックにて郵送。要確認

国際的な銀行口座を開設した

アメリカ渡航が迫っています。

別の国ですが、海外の友人から、

  • 渡航後のVISAの手続き
  • 家探し
  • 環境への順応
  • 銀行口座開設

といったことをやるのが相当にきつかった、と言われました。 なるほど、日本にいても大変なのに、海外でやるとなると言わずもがな。 ここはもう、できることは先にやっておこうということで、もっとも大変そうな、銀行口座の開設を行なうことにしました。

まずはインターネットで調べてみたところ、三菱UFJ銀行(Union Bank of Californiaと提携している)が便利という情報を得ました。たしかにカリフォルニアに行くなら便利そう。大学の目の前に支店があるみたいだし。

ということで口座開設に必要なプロセスを調べてみたところ…

  • UFJ銀行の口座を開設
  • その後、Union Bankの口座を開設

というステップが必要みたいでした。電話で聴いてみると、そのプロセスはパラレルには出来ないし部署が違うらしいので、スムーズにはいかないとのこと。3,4週間はかかるだろうと言われました。

それは困る…ギリギリだ。

で、先輩に相談してみたところ、Citibankを紹介してもらえました*1。サービス内容は割愛しますが、振替がインターネットから簡単にできるし、なんせセブン銀行とゆうちょ銀行でお金を下ろす手数料が(償還という形で)無料に。(ただし、満たすべき要件あり)

インターネットからも開設できるしそのほうが様々なサービスを享受できる反面、やはり時間がかかるとのことだったので、窓口に赴いて開設することにしました。

天神にはPrestiaの福岡支店があり、入店。想像とはちょっと異なる窓口で戸惑った。呼出番号がコールされたのでキョロキョロすると、対応してくださる方がブースへと案内してくれた。

そこで手続きをすすめ、詳細は割愛しますが、急ぎの事情を伝えると、なんと特例措置を敷いてくださりました。

ということで、即日で口座とキャッシュカード×2をゲット。二枚あるのは、一枚目は銀行カード。二枚目はアメリカ用のキャッシュカードという扱い。

ちょっと一安心。アメリカ渡航後もしばらくは口座維持手数料(2160円!これはちょっと高い)を払わないといけないけど(平均100万円以下の口座残高だとそうなるらしい)、まあなんとかやっていけそうで助かります。

*1:現、Prestia SMBC信託銀行

真剣に取り組みたい人のための、モンテカルロ進化シミュレーション

C++勉強が進みます。今日はタカハトゲームの進化をシミュレートをしてみましょう。

タカハトゲームとは、強気に振る舞うか、弱気に振る舞うかというゲームだと考えて構いません。

  • タカ同士が出会うと、死闘を繰り広げ、資源もコストも分け合います。利得は  \frac{V-C}{2}
  • タカとハトと出会うと、ハトは問答無用で資源を得 (利得は  V)、ハトは資源をえることができず、利得は0です。
  • ハト同士が出会うと、仲良く資源をわけあい、利得は \frac{V}{2}です。

利得行列は次のようにかけます:

\begin{align} \begin{pmatrix} \frac{V-C}{2} & V\\ 0 & \frac{V}{2} \end{pmatrix} \end{align}

個人の戦略(形質)  p は、タカとして振る舞う確率だとします(よって  1-p はハトとして振る舞う確率)。このような  p は混合戦略と呼ばれます。 いつもどおり、集団が戦略  p で占められているとします。このとき、変異体  p_\mathrm{m} が侵入できるかを計算してみましょう。

これに基いて利得を計算しますが、ここでカンタンのために次のように仮定します:

  • 産子数は非常に大きい;
  • ゲームをプレイするのは  N 人の大人たちである;
  • 利得は大人の産子数に寄与する; *1

これにより、突然変異個体のこども一個体あたりの利得  \pi_\mathrm{m} は、

\begin{align} \pi_\mathrm{m} = p_\mathrm{m} \left(\frac{V-C}{2} p_{-\mathrm{m}}+ V (1-p_{-\mathrm{m}}) \right) +(1-p_\mathrm{m}) \left( 0+ \frac{V}{2}(1-p_{-\mathrm{m}}) \right) \end{align}

となります。ここで、 \begin{align} p_{-\mathrm{m}} = \frac{\overline{p} - \frac{1}{N} p_\mathrm{m} }{1-\frac{1}{N}} \end{align} は突然変異個体を除いた、集団における平均値です。

利得が適応度に及ぼす効果をスケールするため、淘汰の強さを  s として、変異体の適応度  W を、 W = 1+s\pi_\mathrm{m} とします。 s が大きくなればなるほど、利得が適応度に及ぼす効果は強くなります(強淘汰)。  s=0 の場合は、利得が一切進化に影響を及ぼさないという、中立的な状況に相当します*2

さらに、有限集団を仮定しているために、在来型pの適応度が突然変異型の戦略に依存してしまいます。在来型の利得は

\begin{align} \pi_\mathrm{w} = p \left(\frac{V-C}{2} q+ V (1-q) \right) +(1-p) \left( 0+ \frac{V}{2}(1-q) \right) \end{align}

です。ここで、 \begin{align} q = \frac{1}{N-1}p_\mathrm{m} +\frac{N-2}{N-1}p \end{align} は在来型が対戦する相手の平均戦略です。よって突然変異型の相対適応度は、

\begin{align} w = \frac{N(1+s\pi_{\mathrm{m}})}{1+s\pi_{\mathrm{m}}+(N-1)(1+s\pi_{\mathrm{w}})} \end{align} となります。これにもとづきESSを計算すると、*3

\begin{align} p^* = \min \left( \frac{VN}{C(N-2)}, 1 \right) \end{align} が得られます。つまり V>C は(つまりタカ同士の喧嘩でコストを上回る資源が得られることは)、常にタカ派として振る舞うのがESSであるための十分条件ということになります。

これを個体ベースモデルで確認してみましょう。アルゴリズムは以下。まずは、集団サイズを決めて、初期の形質値をランダムに振ってやることから始まります。今回は、個体  i の形質 p[i] を配列ではなくベクトルで準備してやりました。

  •  N 個体で集団がきっちり埋まっているとする。
  •  i に対してメルセンヌ・ツイスタによって一様乱数  r \in(0,1) をひっぱってきて、これが  r \leq R を満たすなら、 p_i の値は  p_i + \delta に更新される(ただし今回は  R=0.25 と大きめに設定した)。ここで  \delta は、 \delta\in (-0.07,0.07) を満たす、メルセンヌ・ツイスタによる一様乱数。変異後の値はもちろん0以上1以下になるように制限をする。
  •  p の集団平均  \overline{p} を計算する。
  •  \overline{p} から、 i 番目の個体の利得  \pi_i を計算し、これから適応度  W_i = 1+s\pi_iを計算する。
  •  W_i から、平均適応度  \overline{W} を計算してやる。
  • 2個体がランダムに選ばれ、適応度の大きい個体が、小さい個体を排除する。
  • 元のサイズ  N に戻る。これを1024世代繰り返す。
  • パラメータは  V=0.1, C=0.2, N=50, s=0.01 とした。よって予測される ESS は、 0.52 ということになる。

後記:ミスを発見。。修正しました。

結果が下。8回まわした結果をのせます。点線はESS予測値。一つ一つの色は、ラン。戦略平均の時間変化をトラックしています。

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やはりシミュレーションの回数が少ないと、ばらつきが大きいですねー。そしてMoranプロセスを採用しているので、完全に世代交代するまでにかかる時間の期待値は、Wright-Fisher の  N 倍。100個体も準備しているので、2000世代まわしても、実質的にWright-Fisherで20世代まわした程度の結果ということになります。 しかしコードはMoranプロセスのほうがだいぶんラクですね。どこでラクするか。

ちゃんと収束してくれて何より。なお、適応度が最大の個体が、適応度最小の個体を排除する、というアルゴリズムを組んでも、同じ結果がえられます。*4

*1:子どもたちがゲームをプレイし、利得は子どもの生存率に寄与する 、と仮定しても、このモデルにおいては同一の結果が得られる。 場合には、無限集団極限  N\to\infty に相当する結果が得られる(後述)。ただし一般には、survival effect と fecundity effect とは、厳密に区別をせねばならない

*2:ここで、 W = 1-t+t\pi_\mathrm{m} とする流儀もある。この場合、  s t のオッズであり、 t \in [0,1) である。Sigmund (2010)など。

*3:本当はこれは狭義ESSではなく、Nash均衡である。なぜなら、ESSはあくまでも十分小さい規模  \epsilon での侵入を想定しているのだが、ここでは侵入規模は \epsilon=1/N となっているからである。もちろん無限集団を仮定すれば、すみやかに狭義条件が得られ、その場合のESSは V/C になることが確かめられる。これは、産仔数が非常に大きいという極限においては、子供たちがゲームをプレイするという仮定からも得られる結果である。産子数が有限の場合はさらなる計算が要求され、最終的によりタカ戦略にバイアスしたESSが得られる

*4:戦略値の分散も十分小さく保たれていること、すなわち進化的分岐は起こっていないことも、予備シミュレーションで示してあります。

横着者のための、モンテカルロ進化シミュレーション

少し前まで、確率シミュレーションが好きではなくて、数理モデルを前にして力学系の手法だけで料理を試みていた僕ですが、友人からの熱烈な進言をうけて、C++でシミュレーションを回す練習を始めてみました。

集団ベースモデルによるHamilton and May (1977) シミュレーション

Hamilton and May modelとは、パッチ状の構造をもったメタ個体群における移動分散の進化を論じたモデルです。

たくさんのパッチを考えます。各パッチは1個体だけ収容できるとします。各パッチ内の個体は子供をたくさん産み、死にます。 そして子どもたちは確率  d で移動して他のパッチへ移動しますが、残りの  1-d は生まれたパッチに留まるとします。 ただし移動した子どもたちは確率  1-c でしか生き残れないものとします。逆に言うと、移動した個体のうち、割合  c は死んでしまうというものです。

さて、進化的に安定な移住率  d^* はいくらでしょう?

移動分散率  d_\mathrm{m} をもつ突然変異個体が、移動分散率  d をもつ集団で稼げる適応度は \begin{align} W = \frac{1-d_\mathrm{m}}{1-d_\mathrm{m}+(1-c)d} + \frac{(1-c) d_\mathrm{m}}{1-cd} \end{align} ですので  W \leq 1 が任意の  d_\mathrm{m} で成立するための  d の条件を求めると、 \begin{align} d^* = \frac{1}{1+c} \end{align} と決まります。

個体ベースモデルはいささか時間がかかりますので、次のようなアルゴリズムにしたがって、集団が単型であるという仮定のもとで進化の方向を予測*1してみましょう。

  • メルセンヌ・ツイスタによって実一様乱数  d\in (0,1) をとってくる。この値を、集団における移動分散率の初期値とする。
  • メルセンヌ・ツイスタによって、[0,1] の実一様乱数 r_\mathrm{m}\in (0,1)をとってくる。 p=0.025 という小さい値にたいして、  r_\mathrm{m} > pなら、突然変異は起こらないが、そうでない場合、在来型が一個体だけ変異型になる *2
  • 在来型  d は突然変異の結果、  d_\mathrm{m} = d + \delta に変異する。ただし  \delta は、メルセンヌ・ツイスタにしたがって、実一様乱数として選び( \delta \in (-0.025,0.025))、もちろん  d_\mathrm{m}\in [ 0,1 ]となるように制限する。
  • 変異型の適応度  W を計算し、これが1より大きいなら( W>1)変異型がのっとる。そうでないなら在来型がとどまる。*3
  • これを1000世代くりかえし、収束先を調べる。
  • なお、パッチの数は無限大とし、移動のコスト  c =0.6 とした(したがって、ESSの予測値は 5/8=0.625になる)。

その結果がこちら。10回ほど走らせた結果をのせます。横軸は世代、縦軸は移動分散率です(つまり移動分散率の変化の時間経過をトラックしている)。初期値がバラバラなのは、ランごとに乱数を振っているためです。

f:id:lambtani:20160809213210j:plain

ほぼすべて、0.625に収束してくれていますね。めでたしめでたし。なお、10回のランにかかった時間は、数秒でした。

後記: なお、このアルゴリズムには、収束安定性が保証されないという問題がある。すなわちESSに本当に到達できるかどうかは考えずに、シミュレーションをまわしている。そもそも、収束安定性が成り立たないような場合、「集団は常に単型」であるという仮定が、(実証的にはもちろんのこと)理論的にも極めてアヤシイものになってしまう。

*1:正確には、有利な遺伝子が広まるスピードは非常に早く、有利なタイプは一世代で、在来型を駆逐してしまう、という仮定のもとでの、形質値の進化の予測

*2:実は、このシミュレーションにおいては、このような場合分けステップは不要。だが個体ベースのシミュレーションをまわす場合は、集団中のすべての個体に対して、変異するかどうかの問いかけを行なう必要がある

*3:個体ベースの場合、各タイプの各島での適応度成分を計算し、それに比例した確率でパッチを占有できる、といったような計算を行なう

定常状態という仮定

定常状態。平衡状態とも言う。理論・数理生物学の研究者はこれが本当に好きだ。批判ではない。ただの事実である。

その事実には原因がある。定常状態の性質を調べないと、パタンが見いだせないからである。平衡状態にないような、何かの時間変化のことを、transient dynamicsと呼ぶ。たとえば漸近的な平衡状態に到達していない系はそうである。周期的な挙動を示すシステムについては、ここでは深く考えない。

Transient dynamicsでのある時刻 tにおける振る舞いは、連続的に動かせるパラメータに関して一般的には非可算無限個、存在し得る。非可算無限とは、1つ、2つ、…10億4391つ、という整数での数え上げが不可能なものであり、無限の中でも濃度の強い無限である。このような場合、人の頭の中では振る舞いをパターン化できない。ところが平衡状態に徹すると、パターン化は明解であることが多い。たとえば集団遺伝学的な意味で、定常状態の予測として「(1)突然変異が侵入できずに絶滅する;(2)野生型が駆逐され、突然変異が固定する;(3)突然変異と野生型とがある割合で混在・共存する;(4)突然変異と野生型の頻度が振動する」といった有限個のパターンにわけられ、かつその条件を網羅的シミュレーション・網羅的な数値計算・解析的な計算、のどれかで解明できれば、系を包括的に理解できたような気がする。これが、「力学系」の基礎となる考え方である。

transient dynamicsはずばり「時(たとえば時刻t)と場合(パラメータ)による」という結論にしかなっていない。それは、「動態」に関するあらゆる議論の前提である。

ではそのように「時と場合による」のだとすると、あるtransient dynamicsにおいて状態Aが達成される確率を導入したくなる。あるいは、そのような状態Aが、「あらゆるとりうる状態」の集合{ \mathcal{S}}= \{ A,B,C,D,...\}において、どの程度の割合を占めているのかを考えると良さそうである。すると、{ \mathcal{S}}に含まれる要素(つまり状態)が無限個である場合には、状態 Aの占める割合は0である。そのような性質は、generic*1ではないという。ちょっと状況が変われば変化するような性質は非常にデリケートなバランスの上に成立しているはずであり、実現される望みは薄い、という考え方である。*2

しかしいっぽう、(僕が興味のあるような)野外でのダイナミクスは、ほぼすべてtransientなはずだ。つまり平衡状態にはない。ということは、やはりtransientなダイナミクスを考えねばなるまいのではないか!!?という気持ちが湧く。

それでも定常状態を仮定・考察する理由を、ポジティブにいくつか検討してみよう。

  • まずそもそも僕らは、分類したい。脳みそのキャパシティーは有限である。有限の特徴で、何かを理解したい。これにより、分類されて共通のカテゴリに入れられたものを(完全に同一視、まではしなくとも)アナロジーで以って理解して、脳みそに収納しやすくなる。たとえば12×12=144を覚えたら、102×102=10404であることはすぐに覚えられる。古文単語が覚えにくいなら、ゴロあわせで覚えてしまう。これは、ゴロ合わせで覚えることで、イメージされるものに現実(単語)を逆に結びつけるという、高等テクニックである。褒め過ぎか。

  • また、定常状態は再現性が得やすい。たとえば野外で得られたパターンを、微生物などを用いて再現する場合に、そのミニ・コスモでは素早く定常状態に収束するかもしれない。操作実験の結果を野外でのパタンと比較するとなると、やはり定常状態を仮定することで比較が容易になる。そうでないと、比較することができない。

  • 更に、定常状態にもクラスがある。その中に、準定常状態というものがある。他のダイナミクスに比べて速やかに進むような性質については、はじめから「定常状態」という静的なものを考えてしまうという近似である。これは、力学系の変数を減らすことができる。おお、便利。だがこれらは便宜的な理由であり、弱いかもしれない。

  • そもそも、野外でのダイナミクスにも、似たような傾向が見られている。つまり種をまたいで*3、あるいは地域をまたいで、似たような傾向が見られていることがあるのである。これは「パターン」と言ってよさそうである。平衡状態を仮定するとパターンを認識しやすくなるのだから、ただの横着ではなく、「分類する」という目的にかなった仮定である!

  • 最後に、野外でのダイナミクスはそもそも定常状態にあるかもしれない。たとえば自然選択は、長い時間をかけて、生物の性質を形作る。その自然選択が何世代にも何万世代にもわたって作用してきたとなると、その結果は、なんらかの定常状態に収束している可能性がある。ただ、たとえば遺伝率の高い形質や、可塑性の顕著な形質には、注意を払わねばなるまい。

このような理由で、数理生物学では定常状態を仮定することがそうそう馬鹿げているようには思えない。もちろんtransient dynamicsは、知りたい究極的な性質になりうる。そうであるなら、その理由を明確にしたうえで、適切に取り組むべきである。そうでないなら、分類思考に基いて、パターンをはっきりさせたほうが、明確なメッセージを提示できるのだと思う。

*1:通有的、という言葉が充てられている。国府ら、2000:

https://www.amazon.co.jp/dp/4254126727www.amazon.co.jp

*2:僕らが知っているような「通有的な平衡点」、すなわちパラメタの摂動に対してロバストに局所安定な平衡点とか、逆に不安定な平衡点とかは、双曲型と言われる。厳密な定義は、固有値によって、すなわち局所的な性質によって与えられる。

*3:これはこれで、生物種の性質の間に無視できぬ系統的な似通りが存在することがあって、単純に「種をまたいだ共通のパターン」を定性的に受け入れるのがまずいことがある。Felsenstein 1985: http://www.journals.uchicago.edu/doi/10.1086/284325