Life is Beautiful

主に進化生物学の理論のブログです。不定期更新予定。

言葉の構造:なぜ英語での会話に飛び込むのは困難か?

僕は英語を話す環境に生きています。人と話すのは好きですが、英語は得意ではありません。いまでも、英語で発表する直前は異常なまでに緊張します。

実はむしろ、日本で多くの留学生と接していた僕は*1、英語にちょっとした自信すらありました。

まずそうした自信が脆くも崩れ去ったはじめての経験は、スイスのローザンヌに住んでいた頃です。ローザンヌは、フランス語圏の地域です。毎日、学科の友達と12時に建物の一階で待ち合わせてランチに行くという習慣があったのですが、そのメンバーが、スイス・イギリス・フランス・ブラジル・イタリア・コスタリカといった様々なバックグラウンドの人々で構成されていたため、ランチでは英語が“公用語”として用いられていたのです。そのランチでの英語での会話には、ほとんど全く、入り込むことができませんでした。時々助け舟を出してくれる友人や、「ついてこれた?」と直接的に聞いてくれる友人も居て、本当に救われました。

しかし言い訳の仕様もない英語での会話の困難さが、ここアメリカでは僕にとって、更に顕著です。初めてアメリカに住み始めた頃には、ローザンヌ同様、聞き取りさえままならず、とても苦労しました。しかし、その後の努力(というか、ドラマ F.R.I.E.N.D.S 鑑賞)によってかよらずか、会話の内容を把握して、新しい話題の枝葉を提供できるようにはなりました。それでも、会話に完全に入り込んでいくのはとても難しいと感じた(し、今でも感じる)のです。

その理由を自分なりに考えてみました。

そもそもの言語としての違い

これは言うまでもないことだとは思いますが、我々はローマ字アルファベットとは全く異なるアルファベット(ひらがな)を使います。また、ドイツ語・オランダ語といったゲルマン系の言語はもちろん、フランス語・イタリア語・ポルトガル語スペイン語といったロマン系の言語とも共通点の多い英語は、そうした言語を母語*2として話す人たちには、発音はまだしも、文法などが比較的容易であることが想像されます*3

しかしこれを完全な「理由」として挙げるとなると、同じようにローマ字アルファベットをアルファベットとして用いない人たちはどうか、という自然な疑問が浮かびます。たとえば僕の経験では、中国や韓国出身の留学生や研究者たちは、僕よりは少なくとも「流暢」に、英語を話しているように聞こえます。そうなると、アルファベットという根本的な理由以外のファクターがあるような気がします。

文化の違い

これは、日本語を母語とする人たちを一括りにするかのような言論にはなってしまうかもしれませんが、ご容赦ください。

僕の認識している限り、日本人の会話には、ひとつの強い規範があります。それは、「他者が喋っているときにはそれに重ねない」というものです。実際、僕がそれをされると、少し…いやかなり、迷惑な気持ちがします。そしてその感情は、多かれ少なかれ、共有して頂けるのではないでしょうか…。

こうした美徳的価値観から形成される感情そのものも面白いのですが(「期待されないこと」というネガが規範を形成するのでしょう)、焦点は、そもそも我々には「会話を行なうときは、しゃべるのは“順番”に」という習慣があることです。それはturn-taking conversationと言われます:

Turn-taking - Wikipedia

ここは、少なくともアメリカでの会話とはだいぶん異なるという印象を受けます。

ではなぜそもそも、こうした文化の違いが生じたのでしょう?それは言葉の構造が密接に関連しているのではないか、というのが僕の今回の(科学的には、いかにもアヤシイ)考えです。

言葉の構造の違い

もう少し踏み込んで考えてみます。僕たちの用いる日本語はどのような構造をしているでしょうか。次の例文を考えてみます。

「私は昨日、トムがスーパーでりんごを買うのを見かけましたよ」

主題は、私がトムを目撃したということかあるいは、その目撃の瞬間にトムが何をしていたか、の2つだと思います。が、もしも後者が主眼であれば、日本語では

「昨日トムが、スーパーでりんごを買っていましたよ」

という表現のほうが自然だと思います。そこでここでは、目撃したということを主張していると仮定します。2つの文章は、主眼こそ違えど、構造(つまり見た目)は同じで、いずれも結論を導く動詞である、「見かける、買う」が最後に来ています。ということは、聞き手は、話を最後まで聞かなくては、相手の伝えたいことが、分かりません。

このことが、日本人を、言語によらぬ「聞き上手」たらしめているのではないかと考えられるのです。ちなみにこの文法構造はSOV型と言われ、目的語(Objective;動作の対象となるモノ)が動詞(Verb)の前に現れる傾向にあるのがその特徴です。

一方でみなさんもご存知の通り、英語の構造はSVO型であり、結論・主眼となる動詞が、主語の直後に置かれます。すなわち、(動詞の後の展開はさておき)結論・オチが早い段階で、文の中で明らかになるのです。

たとえば、先程の例を英語に直すと、

I saw Tom buying an apple at a supermarket yesterday.

Tom was buying an apple at a supermarket yesterday.

an appleまで聞けば、あとはどうでもいい情報が並びます(もちろん、「昨日」を強調したいなら、Yesterdayを最初に持ってくるなりすればよいでしょう)。そこまで聞いた段階で、聞き手は口をはさむことが可能です。

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SVOとSOV型

Wikipediaによると、SOV型・SVO型の頻度は次のようであることが知られているようです。

Subject–verb–object - Wikipedia

この2つのタイプが言語のほぼ90%を占めるようです*4。韓国語と日本語はサンスクリット語から影響を受けているのは知っていましたが、文法の観点においても共通点があったとは。

ちなみに同頁には、他の構造を持つ言語も紹介されています。まったく知りませんでしたが、ドイツ語・オランダ語はすこし特殊な構造を持っているのですね。

11/6追記:以下は韓国語との比較であり、論旨が散漫です。

韓国語との比較

言語構造上は似ているにもかかわらず、僕個人的な経験に基づけば、韓国出身の方々や、韓国在住の方々は、日本人に比べると、平均的には、英語をそつなく話す印象があります(旅行や交流などに基づく、僕自身の印象です)。

なにが違うのか。韓国における英語教育の状況を調べてみました。

Education in South Korea - Wikipedia

English is taught as a required subject from the third year of elementary school up to high school, as well as in most universities, with the goal of performing well on the TOEIC and TOEFL, which are tests of reading, listening and grammar-based English. For students who achieve high scores, there is also a speaking evaluation.

小学校三年生から、義務教育課程における英語学習がスタート。日本では中学1年生からですから、3年早い段階で、英語に触れる機会が訪れるということになります。

その3年でどこまで差がつくのかは不明ですが、英語教育への投資は家庭レベルで一般的らしく、

Because of large class sizes and other factors in public schools, many parents pay to send their children to private English-language schools in the afternoon or evening.

英語塾に子供を行かせているということや、

There are more than 100,000 Korean students in the U.S. The increase of 10 percent every year helped Korea remain the top student-sending country in the U.S. for a second year, ahead of India and China. Korean students at Harvard University are the third most after Canadian and Chinese. In 2012, 154,000 South Korean students were pursuing degrees at overseas universities, with countries such as Japan, Canada, the United States, and Australia as top destinations.

そもそも米国には10万人もの韓国からの学生が住んでおり、毎年10%増えているのだとか。一般的に見て、国外への留学はかなり行き渡った文化・戦略のようです。

ちなみに日本は、この資料によると、2016年度時点では96,641人の学生が留学に出ているとのことです。年度が異なるので単純な比較はできないのですが、人口比になおすと、韓国は(2012年データによると http://ecodb.net/exec/trans_country.php?d=LP&c1=KR&c2=JP)5020,0000人のうち 154,000人が留学ということですから、総人口に対して0.3%に相当する留学生が国外に出ているのに対し、日本では0.076%に相当する留学生が国外に出ているようです。それだけ、留学に対する積極性の差があるようです。

在留邦人総数

ちなみに外務省によると、125万8263人が在留邦人総数として2013年にはカウントされているようです。 そして韓国からアメリカ(その他の国での状況は分かりません)への移民者数は、2015年段階では106万人と推定されているようです。 https://www.migrationpolicy.org/article/korean-immigrants-united-states これだけ、国外移住への意識がある中で、国内人口も増加していて、それだけ日本との根本的な状況が異なり、言語的な構造のみでは、英語学習に関して結論を直接的に導くというのは無理があるということがわかります。

つまり、教育状況とか、留学にに対するハードルの低さ(精神的・規範的なもの?)などの様々な要因が絡んでいるということです。単一要因ですべてが決まることはないですからね。

それでも

こうした言葉の構造の違いを理解し、それに基づく英会話のペースを理解するだけでも、英会話への参入はグッと簡単になります。 もし他人が喋っているときに遮るのがひじょうに気後れするのであれば、会話の終焉あたりで飛び込めばよいのです。僕は最近ようやく、それができるようになってきた気がします。話を聞いて、タイミングよくjump-inすればよいのだと思うようになりました。

まあ、そんな難しいことを考えず、主張したことを正当に主張する。そのうえでコミュニケーションがうまくいかないのであれば、それはそれで改めて考える。それでいいのだと思います。

*1:日本でのラボには国外からの研究者がたくさん訪れてきていたというのと、学部生のころには留学生に日本語を英語で教えるというチュータ・ボランティアをしていたため

*2:ここで僕の立場をはっきりさせていただければと思うのですが、僕は決して、「母国語」という言葉を用いません。もちろん、国の「公用語」は存在します。個人には「母語」も存在します。しかし、(個人が第一言語で話す)言葉というのは、その人が国に対して持っている関係性 — 国籍等 — とは無関係に定義されるものであるはずです。たとえば、日本語での教育を受けた後にアメリカに移住した方々の「母国語」はどう定義すべきでしょう?

*3:もちろんこれは、発展途上国で「充分」な教育を受けた者による思想かつ、そうした人たちと知り合う機会のほうが多いという、明らかなバイアスの結果であって、一般的な傾向ではありません。なので「比較的」という言葉を用いました。

*4:11月4日、追記:この分布の単純計算は、系統的相関を無視しているので、本当はあまり意味がありません。言語は(文化的に)進化していくものですから、系統樹から論ずるべきことだろうと思います。

ZOZO Town 研究者の人材公募がすごい

ZOZO Townに(とくに数理)科学研究者の人材公募が出ていました。

求人公募情報検索 : 研究者人材データベース JREC-IN Portal

ZOZOは、FBとまではいかないものの、凄まじい数のユーザーを持っているので、そうしたビッグデータを活かしたいというのは、自然なことでしょう。

しかし驚くべきはその内容。

  • 通勤費・家賃補助・育休産休。
  • 社会保障完備。
  • [歓迎スキル・経験]:メジャーな国際学会や学術雑誌でのパブリケーション
  • [求める人物像]:基礎研究に理解がある方。探究心の強い方。問題設定を定式化できる方。
  • 任期なし。
  • 採用予定人数:100名
  • [機関の説明]:私たちは、ファッションの「美しい、カッコいい、かわいい」といったものには黄金比のような数値化できるバランスが存在しており、個々の個性(体型、骨格や肌の色や髪型)やライフスタイル、状況などとも密接に関係していると考えています。

これは…!

むちゃくちゃ具体的かつ面白そうである。

これは日本の若手研究者のキャリアにとって、ゲームチャンジャーになるかもしれません。自由度はどうなんだろう?研究費は?といったことは気になるのですが、ヒトの心理、行動・経済、ゲーム理論、最適化、文化、などなど数えきれないアプローチで切り込んでいけるはず。

そしてなにより

メール応募 可

lambtani.hatenablog.jp

誕生日には、お母さんに「ありがとう」を

僕はあまり、自分の誕生日を祝われることに興味がありません。祝ってもらえると嬉しい反面、むず痒さだったりする気持ちがあるからなのですが、一番大きな理由は、僕が一番に祝われるべき日ではないから、ということです。

 

21のころに出会った、とあるお婆さんがいます。彼女は、僕が夏休みに臨海実験場で宿泊していた施設の、「シルバーさん」でした。僕は、自分の誕生日を臨海実験場で迎えようとしていました。

 

その前日、たまたま彼女はぼくの誕生日が翌日であることを知り、ケーキや、特別なご馳走で祝って下さいました。そして、手作りの、貝殻でできたキーホルダーも、下さいました。

 

彼女は僕の手を握りながら、言いました。

 

「あなたの誕生日をあなた自身が祝うのはもちろん大事なことだし、こうして祝えて、私は嬉しい。でも来年からは、あなたの誕生日には、お母さんに御礼を言ってあげて。お腹を痛めて産んだお母さんに、メールでも電話でも、できるなら直接、産んでくれてありがとうって。あなたの誕生日は、お母さんにとって、最も大切な日なのだから」

 

この言葉に僕は心を動かされて、翌年から自身の誕生日にまったく興味がなくなりました。とても単純な性格です。もちろん、祝ってくれた友達も、たくさんいます。とっても感謝しています。

 

でもぼくは、そんな彼らにも、「ありがとう。嬉しいです。今日は僕の日ではなく、母の日やと思う」と伝えるようにしてきました。

 

誕生日を実家で迎えられなくなって、十年近く経ちました。それでも、毎年母にメールを送り続けています。

 

そのときの母の返事からも僕は、僕が生まれてきて誰かを幸せな気持ちにできたことを、実感できるのです。

 

今日もまた、このブログを読んでいるどなたかの誕生日かも知れません。あなた自身を含む、たくさんの方々にとって、素敵な一日にであることを、願っています。

カクテルパーティー効果は万人共通ではない

少し個人的な話になってしまいます。そして、これを書くのにもまたエネルギーが必要でした。

僕は大学に入学してからソーシャルな場が増え、そこで初めて気づいたのですが、他の音や、人の話し声等があると、会話内容が全然、頭に入ってこないようです。そしてこれは万人に共通というわけではない、ということを知ったのも、実は最近です。

いやどうやら、むしろ、人々はこうした「雑音」によらず、聴き取りが出来ていることもあるようなのです。騒音の中からも選択的に情報を取れる現象のことを、カクテルパーティー効果と言います。

でもこれ、万人に可能と思ってはいけない。典型的な難聴のひとつとして認識されてほしいと思います。

どこまで、ウェブ上の情報が信頼に足るものかと言われると、今回のケースは特にわかりませんが、読売オンラインで、似たような方々が投稿してあるのは見つけました。

少なくとも僕はこれ、ドンピシャです。

実は飲み会とかパーティでの、僕にとってのとんでもない悩みのタネです。たとえばバーに行って、友人と話すのは、かなり難しいんです。日本語でもそうなのに、英語ではもう、絶望的です。

いいえ、飲み会だけではありません。議論でもそうです。複数人が話すと、一気に内容が頭に入ってこなくなるのです。聖徳太子はすごかったのです。

自覚と事実のギャップ

自覚したことが事実とは限りません。たとえば占いでは当たったことばかり印象に残りますね。典型的には、"血液型取扱書"のようなものが世間で流行したことがありますが、あてはまるものに対して、選択的な記憶のバイアス(確証バイアスの一つ)がかかることを利用して、分厚い本をわざわざ別冊で刊行したビジネスは、うまくやったものだと感心します。

さて心理学では、こういう、選択的な記憶をバーナム効果といいます。

自分の特徴を(たとえば他人と比べたうえで)相対化しないと、自分の個性というのは本当には認識・理解できないということですね。己を知るということは、他人を知るということなのです。

しかるに自分の性質が“異常”か“通常”かというのは、極めて主観的な問題です。そのためには、必然的に他人と比較する必要がでてきます。 かといって、他人と比較することが「よいこと」かというと、それはまた別の問題です。

自閉スペクトラム症

僕は25くらいから、自身がアスペルガーであるという自覚をもつようになりました。といっても、医者に行ったわけでもなく、それこそ本で得た知識から、自身の性質と照らし合わせて、そう自覚するに至ったのです。

もちろん、アスペルガーというのはいろいろな性質の総体であって、「ひとつも当てはまらない人などはいない」。そう、ここにもバーナム効果があるのです。いわば、個性の総合体です。

そしてカクテルパーティー効果が働かないことを自覚してググると、出て来るは、それが発達障害の一部であるという情報。

Auditory processing disorder - Wikipedia

これもバーナム効果でしょうか。

話をもとに戻そう

こういう、「いっぺんに話しかけられると困る」現象によって、昔から、自分や他人が話している最中に、他の人が話すことには、多大なる不快感を覚えてきました。これは日本語の文法上の理由もある*1とは思うのですが、あれ、実は僕には決定的な悩みのタネになりますので、ぜひやめてほしい。

同じように、雑音や同時に話されることによって、コミュニケーションが困難になる人もいるという事実の、認知・理解がすこしでも広がればいいなあと思います。

アスペルガーは個性です。

*1:これについては後日、持論を展開したいです。

JAMSTEC国際研究員応募が 電子化!

この記事を書いてから、4ヶ月近くが経過しました。いまでも反響があることが、耳に入ってきます。

lambtani.hatenablog.jp

しかし僕はブロガーではないので、現在の研究員としての任期の都合で、次の仕事を探さねばなりません。

そんなとき、JAMSTECが国際フェローシップの公募を出したとの情報を耳にして、朝からiPhoneでアクセスしました。

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(※スクリーンショットですみません)

すばらしい条件なのですが、電子応募不可っぽい。しかも、その記述が強調されている。交渉すら難しそう…あああ…出したいがこれはダメか…と諦めていました…

JAMSTECの研究者の方々

ところで、ギボシムシという動物をご存知でしょうか。半索動物という動物門(分類群)に属する、すこし見た目の“珍妙”な生物です。そのギボシムシを研究されているJAMSTEC研究員である友人や、その他(お会いしたことはないが) 海洋性ゴリラの 深海底自然科学の研究をされている方がなんと、JAMSTECの人事の方々に、この公募の件について、働きかけてくださったのです。

しかも、ご本人いわく、僕のブログ・エントリーのリンクを添えて

結果

募集要項<採用情報<海洋研究開発機構

電子化されました。

祝!

しかし

これで、国外からの応募は増えて、競争は激しくなるでしょう。そうなるとこれは僕個人にとっては非常に不利ですね。つまり僕個人にとっての“メリット”はないわけです。

それでも科学は進む

それでも僕は、この件に関してはこれでよいと思います。いわば、競争がフェアな状態(ベースライン)に戻った、と思うからです。

意見を「うまく述べる」ことの重要性

いまや、インターネットされあれば誰でも、真偽とわず情報を発信できる時代です。それはつまり、情報の受信も簡単であり、自分の発した情報が、数えられぬほどの人たちの目に触れる可能性があるということです。

若手の立場でいろいろな提言をおこなうことは、ひょっとすると眉をひそめられるかも知れないし、リスキーかも知れません。それでも、自分が論理的に考え抜いた意見を、他の人が理解できる形で、述べることは、何にも代えがたい重要なことです。声を発さないと、耳には入らないのです*1

それは、ただ何かを批判するだけではありません。問題点があるのであれば、それを呈示し、(できれば)改善点を述べ、それが実現するように動く。そして、なにかを主張したいのであれば、伝えたいのであれば、最終的にどんな意見や言葉も、他人の感情という部分に訴えかける効果があるので、決して攻撃をしない。攻撃は破壊しか生み出さない。

若い内はきっとフットワークも軽いし、保守的な姿勢で守らねばならないことも少ないと思います。それに、若い人が事態を改善していく努力を怠っていたら、いったい誰が、世の中を「よく」していくのでしょう?

この件に関しては、実際に動いてくださった、上記のお二方には頭が上がりません。本当にありがとう。そして、ブログを読んでくださり、条件の改善に動いてくださった方には、御礼を申し上げても申し上げすぎることが叶いません。ありがとうございます。

このブログを始めて早6年になりますが、この場であっても、これほどまでに、しっかりと意見を綴ってよかった、と感じたことはありませんでした。

*1:これはあくまで「書かないと読まれない」ことを言うための比喩表現です

靴下はなぜ片方だけ失くなるか

靴下はなぜ片方だけ失くなるのか?

この問いかけは非常に深いです。どのように問題を捉えるかによって答えは全く変わってくるでしょう。

  • 両方なくなる確率は、片方だけなくなる確率よりも十分に低いから。
  • マーフィーの法則によるもの。典型的に起こった事象が連関的に記憶に残る。「◯◯な時・場合に限って△△」というやつ。たとえば、バタートーストを床に落とす時はいつも、バターの載った面から床に落ちてしまう。寝坊した時に限って、探していた何かが見つからない。失くなるときはいつも、片方だけ。
  • 両方なくなった靴下は、認識すらされなくなる。つまり、両方なくなったという事象の起こる確率は、認識上つねに過小評価されている。

他にもあるでしょうか。こうしたアプローチを比較していくことで、哲学的思考の深さを垣間見ることができるかも知れません。

UC Berkeley,Visiting Scholarの大学サービス費を爆上げ

すっかり見落としていましたが、恐ろしいニュースを目にしました。

我々visiting scholarは、Berkeleyで大学のサービスを利用するためのお金を払うのですが、それが大幅なincreaseに。

Visiting Researcher Scholar Post-Arrival Information | Visiting Scholar and Postdoc Affairs (VSPA)

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一年目は500ドルなのが、二年目からは(今度から)なんと、ポスドクで$1500。学生だとなんとなんと$2500。これは大金です。

After careful consideration of the services necessary to maintain Berkeley’s status as a competitive destination for the best postdocs, visiting scholars, and visiting student researchers, the Visiting Scholar and Postdoc Affairs (VSPA) Program is announcing a two-step increase in the University Services Fee (USF) that will go into effect January 1, 2018. These increases have been benchmarked against a recent survey of top research universities which confirmed that UC Berkeley charges less than many of its peers for Visiting Scholar and Visiting Student Researcher affiliation.

最高峰の、ポスドク・ビジティングスカラ・ビジティング学生(以下、ビジタ)の、競争力ある行き先としてのバークレーの地位を維持するのに必要なサービスを慎重に検討した結果、VSPAは、2018年1月を以って、二段階の、大学サービス費用の値上げをここに告知します。これらの値上げは、UC Berkeleyにおける、ビジタに対する費用が多くの大学や機関よりも低いという事実を論じた、トップ大学での調査に基づくものです。

高すぎます。僕はこれらはラボのボスから払ってもらっていますが、学生に2500ドルって、えげつなくないですか?

(学ぶ機会を提供する最高機関としての)地位を保つため、というのは、なんとも「アメリカらしい」考え方なように思います。CVを、経歴を、職歴をすばらしいものにするために大学や機関を選ぶという文化があるからです。逆に言えば、そうした過去の「所属」経歴を、人事は非常に重視するということです。

たしかにBerkeleyはすばらしい環境を提供します。しかしここはベイエリア。家賃に圧迫される学生やポスドクから更にお金をとるというのは、他の地域の大学には見られないものです。

さて、値上げして入ってきたお金はどこにまわされるのかというと:

  • Housing - Support the hiring of dedicated staffing charged with expanding the housing options for incoming VSPA Program affiliates. Housing is consistently identified as a key issue for potential and current affiliates and increasingly impacts the decision they make regarding whether to select UC Berkeley over other options.
  • Childcare – Meet the critical need for reliable, on-call childcare for postdoc parents, another commonly articulated concern. The Postdoc Back-Up Childcare Initiative is proposed to begin in FY2018-19.
  • Research-Related ADA Accommodation Costs – The VSPA Program will take on responsibility for providing and funding the cost of accommodating visiting scholars and visiting student researchers with disability-based needs that are associated with their research. NOTE: Complimentary unofficial auditing of UC Berkeley courses will no longer be allowed via the VSPA Program. University Extension remains an option for the official auditing of UC Berkeley courses. ADA accommodations for these courses will be provided for University Extension.
  • Increased Costs – Simultaneous with recent budget cuts, the VSPA Program has been subject to increases in campus recharge costs of core services (the VSPA Gateway, Cal1 Card, Library Services, etc.), rising direct costs for VSPA Program career and professional development programming, and the salary and benefits costs of bringing on an associate director to help manage the outsized programmatic responsibilities.

いやいやいや、当事者に回さずに、これから来る人にまわすということ?家賃も、長く住むに連れて上がっているのですよ!

既存のユーザーよりも新規ユーザーに手厚いサポートをするというのは、日本の携帯電話キャリア会社と似ているかもしれません。

生態学的なモデルから考えてみよう

さて、長年の契約よりも、新たなる契約を尊重するというのは、一種の履歴効果です。履歴効果が特に働かない場合、competition-colonizationのTilman理論に従えば、いろんなタイプが共存するためには、自然死亡率が高くて分散能力が高いタイプと、自然死亡率が低くて分散能力が低いタイプとが、混在していて、かつ似かより具合がじゅうぶん低くないといけません(limited similarity)。そのような状況では、短命でも素早く分散するタイプが(長期的に)優勢になりやすくなります。

生態学においては、priority effectといって、先に来た者が有利になるという状況も有り得ます。これは逆に、会社や大学の立場から言えば、保守的な立場にあたるのかもしれません。本当に新陳代謝を高め、turnoverを促すためには、こうした状況はやむを得ないということなのでしょうか。しかしこうした生態学的なturnoverが、productivity(たとえばecological service)を高めるかどうか、ということは非自明です。

いずれにせよ、教育・研究環境を提供する大学が、ぬけぬけと「地位」をこうして掲げることに、僕は大きなショックを受けました。

バークレーは、プロテストが盛んなリベラルな地域です。しかしこういう、visiting scholarという(基本的には)外国籍の人々への待遇に対するプロテストは起きないのですよね。誰も指摘しないですけどね。