Life is Beautiful

主に進化生物学の理論のブログです。不定期更新予定。

移動分散にかかる血縁選択

E. V., Bitume et al. (Ecology Letters 2013):
Density and genetic relatedness increase dispersal distance in a subsocial organism.

ハダニにおいて、局所集団において"血縁度"と密度が高いと、移動分散距離が大きくなる、という論文。
回廊を設けて、密度や血縁度などを調節の上で、遠くまで分散するかどうかを検証しています。

密度が高まると定住よりも移動が促進されるというのは一見あきらかですし、局所集団の血縁関係が高まることで移動が選択されるというのも、Hamilton & May (1977)で理論予測が立てられ、青木重幸によってドロオオタマワタムシで実証されて久しいものです(青木、「兵隊を持ったアブラムシ」どうぶつ社)。で、今回の論文は、それらの2重の効果を検証したというもの。新しい点を少し洗ってみました。

まずどうやら、密度が高まると、移住よりも定住が有利になる条件があって、その1つが、「いま居るパッチは良質だ」という指標の存在。これはなるほど確かにそうで、実証研究の例も挙げられています(Baguette et al. 2011)。ただ、「そういった情報を確かに利用している」ということの根拠をいかにして提示したのかも気になるところです。また、その場合は、環境勾配があり(不均一な環境、とお考え下さい)、かつ、生物個体の大きさがその不均一性のモザイクよりも小さいという条件が必要だと思います。つまり、たとえば極端には、集団は集団でも、「群れ」である可能性があるわけです。

また、血縁関係に関しても、移住を促進(カナヘビ)・抑制(マーモットのメス)することもあれば、寄与しないケース(寄生蜂)、そしてあるいは、局所集団で協力行動をとっているかどうか次第(side-blotched lizard: トカゲ)、といった例が挙げられています。ここは読者に示す情報としては不十分で、どういった分類群での報告なのかくらいは書いておいてほしかったというのが、素直な感想です。

さらに、著者らは「移動分散割合だけで移動分散の進化を論じていては不十分で、移動分散の距離を評価する必要がある」と述べています。

で、この論文ではこういった混乱を、モデル生物であるハダニを用いて検証しましょうというもの。主要な結果は以下:

 (1)移動分散の距離は、血縁度合いと密度が高まるにつれて大きくなる
 (2)密度ではなく、血縁度合いが、移動分散の距離の分布の歪度(skew;分布の対称性)と尖度(kurtosis;ピークの山のとがり具合)を高め、裾の広い(Leptokurtic;正規分布よりも端っこのほうが太い)分布が得られる
 (3)近親交配回避のメカニズムはここでは働いていない

なるほど、結果はなかなかクリアでした。

理論をやっていると、確かに「移動分散距離」の進化はとても興味深い問題だと思っています。が、この移動分散の分布(カーネル)の進化を論ずる(進化的安定性や収束安定性)というのは、なかなかに難しい問題です。便宜的に、正規分布のヴァリアンとの進化を論ずる研究もありますが、正規分布は尖度が0(あるいは3;いずれにせよ基準値)であり、観測されている分散距離のカーネルとは大きな乖離があって、それはヴァリアンスがいかなる値になったところでも表現できません(Rousset, 2004)。

その意味では、今回のシステムはそれらをうまく評価し、ことさら新しい知見ではないとはいえ、理論予測の正しさを提示した、よい研究だと思いました。

なお余談ですが、Hamilton & May (1977)で、環境として安定した島モデルで選択される分散割合をEffective Migration Rate mで評価すると、
m=p(pは移動中の生存率×移動後の競争能力の高さ)であることが判っています。直感的に言うと、生き残れる数だけ移住が起こる、というものです。証明は、「動物生態学」(嶋田、粕谷、伊藤、山村)を参照のこと。